放談12月(2008年版)
紅のメタモルフォーシス(変容)
いやはや、この「業界天声珍語 “トマスおじさんのやぶにらみ放談”」も昨年の12月に再開して以来ちょうど1年になりました。気がついて見れば当初の放談に比べ、その内容も尺(しゃく)の長さも格段にヴォリューム・アップしていて読むのも一苦労かと思いますが、これもひとえにトマスおじさんをはじめとするユウレイ界の御仁達が、少なからず元いた下界(俗世界)の動向に気を揉んでおるからに他ならないからだと思うのですが・・・・。しかし何とも、ユウレイにまで気を遣わせてしまう最近の俗世界(特に日本)の体たらくは、本当にシャラクセ〜じゃア〜リませんか(なんだかトマスおじさん風になってきました)。そんなこんなで今回は約二ヶ月を置いての放談です・・・・・。 オヤッ、そろそろ騒がしくなってきやしたぜ(今度はテラダ某風)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):

(スコン) よッ、テラダ某、ひさしぶりじゃのぅ。なんとも二ヶ月ぶりの放談じゃが、元気にしておったか

テラダ某:
え〜ま〜何とかやっとりましたが、あれッ、それにしてもトマスおじさん、今回は何か静かですがいつものお客人はいないんですかい

トマスおじさん(トマス・H・モア):
んッ、あッそうじゃったのぅ、ま〜、そのうちにオイオイ到着するでのぅ、気長に待ちなされ。ところで、話しは変わるが相変わらず日本人ちゅうのはアホじゃのぅ。全然わかっとらんぞヨ。

テラダ某:
えッ、いきなりなんの話でっかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほれ、例の毒饅頭じじいに潰されたあの“○○の乱”のK・Kのことじゃヨ。

テラダ某:
K・Kがまた何かやらかしたんすかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
相変わらずお前さんもタコじゃのぅ、日本にも新聞くらいあるじゃろう。読んどらんのか実はのぅ、このK・Kは自らが所属する与党の○○○○党に、そろそろ“反共の看板を下ろせ”などとほざきおったぞ これはナ〜ンも解ってないか、それとも意識的な発言かどちらかじゃろうナ。なんといってもハト派のカンバンを掲げつつ、その実本当の姿はY・T、K・Sと同じで在日・同和の両棲類の容共代議士と噂されているからのぅ。親中・親朝、容共の看板にでも書き換えろッちゅうことかいナ(図星カモ)。

テラダ某:
な〜るほどネ、だってまだ中華人民共和国とか朝鮮民主主義人民共和国とかいうチョイとばかり変形してはいるものの、その根っこは共産主義といえるお国が日本の近隣に立派(笑)に堂々と存在してますもんネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうそう、中国共産(狂惨or凶惨)党と朝鮮労働(牢慟)党の存在じゃナ。しかも、中国はもちろんのこと今や北朝鮮も核を持っておるしナ。
そういえば北朝鮮は、「日本は朝鮮を植民地にして悪逆の限りを尽くし、朝鮮人民を苦しめた。この塗炭の苦しみから人民を解放したのが、偉大なる“首領様”と朝鮮労働党である」という思考制度が体制のレジテマシー(正統性)を支えているのじゃ。
だが、真実を言えば、金日成という人物の名はデタラメであり、本名は金聖柱なる匪賊であったのじゃヨ。
そして日成と同音の一星(イルソン)を名のっていたのじゃナ。
要するにソ連軍(スターリン)に担がれて北朝鮮入りする際に、伝説の英雄、金日成の名をそのまま拝借したのでア〜ル。
本物の金日成は1937年9月に日・満の警察隊と交戦し、射殺されておるのじゃ。
金聖柱は1912年に満州で生まれておる。父は金亭稷といい、漢方薬商を営み、阿片の密売等で一時は裕福だったようじゃが、共産党組織への献金の縺れから1926年に暗殺されているのじゃ。
母は生活に困窮して中国人の警察隊隊長の妻(妾)となってのぅ。
まッ、そのおかげで金聖柱は吉林市の中学に入学できたのじゃ。後に中国共産党系の馬賊の一員になっておる。つまり朝鮮独立運動の経歴などないのじゃヨ。
要するに北朝鮮建国の始めからして国家の歴史を偽造しておるのじゃ。このような国はやがて自滅の運命を招くこと必定じゃろうナ。歴史というものは現在を映すもっとも重要な鏡なのでア〜ル。
さらには、国家発展のための未来指向の必須科目と心得なければならないにも関わらず、権力者達の都合に合わせて、かってに歪曲・捏造するのであれば、結局のところ、その国家自らが不幸を招くだけなのじゃ。そしてそれは中華人民共和国にも言えるであろうナ。
この国もまた、「日本は中国を侵略した」という思考制度を基盤にしているんじゃナ。中国共産党が支那を支配するレジテマシー(正統性)は、「日本帝国主義の侵略から中国人民を解放した」という一点に依拠しているんじゃ。つまり、「南京大虐殺」等のストーリーや各種の虐殺記念館の類は、中国共産党による支配の建国神話とその“荘厳装置”ということになるんじゃわい。だからして日・中両国が歴史認識を共有することなど絶対に有り得ないんじゃ。つまり、そうなれば中国共産党のレジテマシー(正統性)は根底から覆ることになるからのぅ(嘲笑)。どちらにしろ、いずれこの国も「歴史の真実」というものに復讐される時がやって来るかもナ。
ともかく、支那事変は日本が始めたものではないし、それどころか日本は戦争の準備も計画も無いままに、ズルズルと戦争に引きずり込まれていったのじゃナ。とにかく、支那事変の企画者はコミンテルンとその指導下の中国共産党だったのでア〜ル(断定)。

テラダ某:
なるほど、なるほど、しかしそのロジックは説得力がありまんナ〜(納得)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
とにもかくにも、日本の近隣には核を保有している国が三つもあるんじゃヨ。北朝鮮などはほぼ日本全土を射程に入れた「ノドン」っちゅうミサイルを何と500発近くも保有しておるらしいんじゃ。
中国にしても、満州は吉林省の通化に数十発の核弾頭付ミサイルを配置し、その標的は日本なんじゃヨ。しかも、最近、旧式の液体燃料推進ミサイルから新式の固体燃料推進ミサイルに切り替えており、ボタン一押しで即、日本に発射できるのじゃ。つまり無言のうちに中国は日本を威嚇しておることになるのぅ。
だから、常に日本に対しては高圧的かつ居丈高な態度をするんじゃナ。
中国共産党は、「軍事力が国際政治における力関係を決定的に左右する」という思考の信奉者でもあるのじゃ。しかしこのことは、国際政治力学の真理の一面を突いておるのではないのかのぅ。何故ならば、国際政治とは「国際安全保障」のことを意味するのは論を待たないからナ。
要するに至極当然の思考であって、日本だけが“脳天気”なんじゃが、それは何故かといえば中国や北朝鮮シンパの売国&国賊代議士共が欺瞞のロジックにより、自らの腹の中を隠し、日本国民を欺き続けることによって日本人をタマ抜きにし、背骨の無い“軟体動物的国家”にしておく必要があるからなのじゃ。とどのつまりは、それが中国共産党や朝鮮労働党の意向に沿うことなんじゃわい。

テラダ某:
そういえばそうでしたよネ、日本人は忘れっぽいすからネ。それに、もはや日本人がみ〜んなその現実に麻痺しちまったんじゃないでしょうかこれもいわゆる「GHQ」のピンカーズ(隠れマルキスト)が持ち込んだ本来マルクス主義に潜む「偽善・欺瞞・悪意・虚偽意識」がインプットされた戦後のいわゆる民主教育(笑)というやつの成れの果てですかネ。それと日本人の場合は何といっても武士道精神の喪失も効いてますナ。だいたいが、戦後のインスタント“平和念仏憲法”はかつてのドイツの「ワイマール憲法」のコピーみたいなもんすからネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
だから日本人はダメだっちゅうの ほんとにもう、おバカさんじゃのぅ。ま〜この際じゃから、もう一度共産主義や社会主義の恐ろしさを日本人に再認識させる時期がやって来たとワシは思うからして、テラダ某と二人で共産主義や社会主義が世界に撒いた厄災について語りつつ、その本質に少しばかり迫ってみようと思っておるんじゃ。どうじゃ、文句あっか〜お前さんの国のことじゃろうが。

テラダ某:
へッへ〜ッ、まことにもって“恐れ入谷の鬼子母神(なつかしい)”でござりまする(深く頭を下げながら)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
うむッ、解れば良いのじゃヨ、解ればナ、では早速、テラダ某、お前さんからいくぞなモシ。

テラダ某:
え〜ッ、アッシからでやんすか

トマスおじさん(トマス・H・モア):
当然じゃヨ、少々脳足りんのお前さんでも少しくらいは共産主義について知っておるのではと思うてのぅ。
とりあえずはテラダ某の見識を試さしてもらうとするかナ(薄笑)。

テラダ某:
てやんで〜、バカにしやがってからに、このクソおやじが(珍しく怒り心頭で) クッソ〜、くやしィ〜(悔し涙で)。
わかりやしたヨ、ほんじゃいきやすぜ〜(気合十分)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ムッフッフ・・・・・(計算通りなので思わずニッコリ)。

テラダ某:
え〜ッと、そもそも、あっしが思うに二十世紀は人類史上最大の戦争と革命の世紀だったんすヨ。そんで、この戦争と革命がもたらした最大の国家犯罪といや〜、一にソ連の強制収容所、二にドイツのユダヤ人虐殺、三にアメリカの日本への原爆投下ッつ〜ことになりやすかネ。そして従来は殺人が公認され奨励されるのは戦争だけだったはずなんすヨ。ところが二十世紀に入るとこれに革命が加わったわけっすネ。
だいたいが、ナポレオンではあるまいにソ連の共産主義者の辞書には「罪」とか「犯罪」という言葉は無いんでござる。つまり共産主義は何をやっても常に絶対的に正しく(無謬性というらしい)、共産主義のためならばどんな嘘でも罪にならないそうですぜ。とりわけ、ソ連という国家の犯罪の凄惨さやスケールの大きさにおいて比較できるものなどは無いと断言しちゃうもんネ。その野蛮さや残忍さは強烈・猛烈かつ激烈で、とにかく徹底してるんすヨ。
日本人の皆さんのために分かり易く言わせてもらえば、戦前の日本の特高(特別高等警察)等はまったく足元にも及ばないほどの凄まじさなんすナ。それに日本の特高の場合、悪法だったかも知れませんが、とりあえずのところは治安維持法により拘束されていましたしネ。ところがドッコイ、ソ連の秘密警察であるGPU(ゲー・ペー・ウー※1)は拘束される法律などナ〜ンも無かったんすよネ。
ま〜、一人殺しても二人殺しても犯罪にはチゲ〜ネ〜んすが、この数が百万人や一千万人の単位ともなりますと、もはや殺人の実感さえ薄れますぜ。
あの米や小麦や石炭や鉄鋼の生産高を示す数字と何ら変わらない感覚になってしまい、殺人それ自体に麻痺してしまうかもネ。あの「ロシアの十月革命※2」直後の僅か二年間で、銃殺等で処刑された者は百万人に及んだそうですぜ。ロシア皇帝を筆頭とする旧支配層がその対象の中心とされたんすが、それだけでは終わらなかったんすヨ。そういえば、あのレーニンはその論文において「ロシアの土地からあらゆる害虫・寄生虫を駆除せよ」と命令しましたもんネ。そんでもって、旧支配層が一掃され、集団化を拒む農民も虐殺され、反革命分子狩りが終了すると普通ならば“ハイそれま〜で〜ヨ(しかし古ぅ〜)”とばかりに共産主義者の天下が来るわけなんすがネ。つ〜ま〜りぃ、これによって虐殺行為がストップすると思ったら大間違いのコンコンチキなんすよ〜、共産主義者には普通の常識はまったく通用しないのでありんす。
この共産主義体制なるものは、次から次へと執拗に犠牲を要求しちゃうんすネ。とにかく犠牲のネタがきれたらでっち上げをしてまでも犠牲者を作り出さねばならないんすヨ。その結果としてですね、共産主義者は共産主義者を標的にせざるを得なくなっちゃうんすナ。要するに、これが世界に名高いあの“粛清”と云われるものでありますデス。結局のところギロチンがギロチンを生んだあのフランス革命を例にあげれば、我々凡人にも理解することは容易になりまんナ。粛清が粛清を生むことはフランス革命でも既に実証されているのデス。とどのつまりは共産主義国家とは嘘八百の偽善崇拝の国家であり、人間の血を吸い込む吸血鬼ドラキュラも真っ青のイデオロギー国家であり、狼男ですら身の毛もよだつ監獄国家なのでござんす。そして、これらが事実であることは既に歴史的にも立派に証明されておりますデス。この実態はソルジェニーツィンの『収容所群島※3』によって世界中に広く知られることになりましたしネ。その本の中の一節には以下のように著してありましたぜ。
「逮捕は突然やって来る。密告、策謀、でっち上げ・・・・、しかしどんな場合でも一度捕まったら正義を期待してはいけない。法律は守ってくれないのだ。厳しい審問、自白強要、判決、流刑、黒いカラス(護送車)に乗せられ、中継監獄を経てウラルへ、シベリアへ、中央アジアへと送られて行く。もはや家族とも思い出とも、一切から訣別しなければならない。収容所には自由は無い。空っぽの監獄はあったためしは一度も無い。いつも満員か超満員、粗末な食事、強制労働、炎暑の夜は南京虫と蚊が肉体を責め、酷寒の冬は手足の感覚も無くなる。そして闇の大地に記憶の糸を紡ぎつつ冷たい屍となって還っていくのだ・・・・・」という風にネ(テラダ某にとっては、お初のそしてトマスおじさんへの対抗心みなぎるかなり出来映えの良い立派な長広舌のつもり・・・・か)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
オ〜ッ、VERY GOOD! パチ、パチ、パチ(わざとらしく大げさな拍手で)、よかたい、よかたい。テラダ某にしてはよ〜く出来たぞヨ。ご立派、ご立派、褒めてとらすぞ。

テラダ某:
ホントすか〜、滅多に褒めないトマスおじさんにそこまで言われちゃ〜、このアッシも天まで昇る心持ちでっせ〜(破顔一笑)。ところで、何点くらいもらえますゥ〜(余裕の態で)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
うん、うん、そうじゃのぅ、ま〜その〜何とか・・・・・・。

テラダ某:
何とかッて、何点くらいッすかネ〜(期待に胸を膨らませて)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃのぅ、まッ30点というところかのぅ・・・・(クールに)。

テラダ某:
・・・・・・へッ、そんなもんでッか〜(ガックシ)、結構厳しい採点をしますでんナ、何かあっしに恨みでもあるんでっかネ・・・・・。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それは誤解じゃナ、これからがあるじゃろぅ、ここで良い点でも出してみんしゃい、お前さんのことじゃ増長して悪乗りでもされたらこまるでのぅ。ま〜今のところはこのくらいにしておこうと思うてナ。 お解りか
それに、お前さんのレベルにしては、上出来というただし書き付きで褒めただけじゃヨ(冷笑)。

テラダ某:
(何で〜、もったいぶりやがって、トマスおじさんも十八番を取られて、チョット悔しいのとチャイまっか〜。)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おやッ、何か言うたかのぅよく聞こえなかったぞヨ。

テラダ某:
(ドキッ)またまた出ました読心術 あいも変わらず喰えないおやじでんナ〜、ッたく。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
アッハッハッハ〜、あたぼうヨ、これでも伊達に古参ユウレイはやっておらんのヨ。ところでテラダ某よ後ろに誰かおるぞ・・・・・。

スターリン:
(ズッコ〜ン) グフッ、わしをまた呼んだのは誰じゃ

テラダ某:
ドヒャ〜、これはこれはスタさん・・・、いや、スターリン大元帥閣下ではありませんか(もみ手、すり手でゴマを擂りながら)。今回は唐突にお出ましでんナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
実はのぅテラダ某、お前さんの長広舌が始まった時から既にお前さんの背後におってのぅ。お前に気づかれないよう姿を隠しておったのじゃナ、な〜に、出没音がせんとお前達現世の者には姿が見えんようになっておるのじゃヨ。

テラダ某:
つぅ〜ことは、もしかして盗み聞きしてたんすかい

スターリン:
盗み聞きとは聞き捨てならんぞ、グフッグフッ、しかしまあ〜そんなものかな。何かマズかったかな

トマスおじさん(トマス・H・モア):
今回はスタさんをお連れするにあたり閻魔大王に許可を戴きに地獄界に出向いたわけじゃが、何故か大王は不機嫌でのぅ。

スターリン:
グフッ、それはまた何故かね

トマスおじさん(トマス・H・モア):
いやなに、ワシとしてはじゃナ、共産主義が世界にもたらした災いについてだナ、その証人としておぬしを再び現世に御降臨してもらおうと思っただけなのじゃが、危うくワシにまでトバッチリが来そうになってのぅ。つまりじゃナ、ワシの例の著作のおかげで現世に共産主義がはびこり、結果として大幅にコミュニストの犯罪者が増えて迷惑しとるという訳じゃヨ。

スターリン:
ホ〜、それでトマス殿はいかようにお答えしたのかな

トマスおじさん(トマス・H・モア):
だッから〜、あの『ユートピア※4』はほんの冗談のつもりで著しただけでまったく悪意はありませんでしたと申し開きをしたのじゃヨ。あの著作を土台にして悪用したのはマルクスに他ならず、奴と一緒にされて未だに迷惑をしておるのですと言ったのじゃが、ワシをジ〜ッと睨みつけながら納得しがたい顔をしとるのじゃヨ。さすがのワシもこれはマズイと思うてナ、そんなことを今さら言われても困るとワシは言うたのじゃが、1600年に『太陽の都』ッちゅ〜のを書いている奴がおるではあ〜りませんかと閻魔大王の顔色を伺いながら恐る恐る反駁をしたら、閻魔大王が「トマソ・カンパネラ※5ならわしも知っておる」と言われてナ。「では二人共この際容疑者として事情聴取するか」と言うんヨ。こりゃ〜ヤバイと思うてナ、すかさず閻魔大王殿に、それではあのプラトンの『国家※6』はどうご判断なされますかと聞いたわけヨ。だって、そちらのほうがワシの『ユートピア』よりもナンボか早く存在しておったしと言うたらば、閻魔大王が「なるほどのう、プラトンを出してきたか」と言ってニヤッと薄気味悪い笑みを浮かべながら片目をつぶって指でOKサインを出したのヨ。クワバラ、クワバラ、危ないところじゃったわい。ッたくマルクスのおかげで未だにあの著作が尾を引いておるわいナ。もう〜カンベンしてチョウだいなっちゅうのがワシの偽らざる心境じゃヨ、トホホホ・・・・(冷汗かきかき苦笑して)。

テラダ某:
その三つとも同じようなもんなんですかい

スターリン:
グフッ、ブフッ、政治哲学としての共産主義はプラトンの『国家』の如く何千年も前から存在しておったのだ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
つまり、『ユートピア』的思考方法は社会批判の手段としてはまったく正当に見えるしのぅ。またそれは思想上の論争や民主主義体制のビタミン剤や時として活性剤にも成りうるものなのじゃ。

スターリン:
ま〜しかし、共産主義の教義と実践は別物である。グフッ、グフッ(涼しい顔で)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まったくナ、現実上の共産主義の実践とは、組織的な弾圧の実行や統治形態としてのテロルであり、共産主義体制は自分達の権力を確立するために、大量殺人をリアルな統治システムにまで高めてしまったからのぅ。

スターリン:
ガッハッハ〜、我々共産主義者達が自分達の先駆者と建て前(含み笑い)上みなすのが、他ならぬトマス殿やカンパネラ殿だからな。何せ、クレムリン宮殿の壁の下に記念碑まで立てているしな、グフッ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
もう止めなはれ ホントにいい迷惑じゃヨ。

テラダ某:
スターリン大元帥閣下は今に至るもマッタク反省してませんぜ(呆れて)。

スターリン:
今更悔やんで何になるのだ。過去というものを消すことはできないのだ。グフッ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そりゃ〜そうだナ、ところでそろそろ共産主義とは何ぞやという核心部分に徐々に迫るとするかのぅ。

テラダ某:
お願え〜しますだお代官様、オット失礼・・・・・、トマス大明神様(段々マジになって)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ま〜のぅ、そもそも共産主義システムの人間に対する犯罪は様々な手段で行われたのヨ。例えばだナ、まず銃殺、絞首、撲殺、毒殺、溺死、それに人為的に作られた餓死、更には強制収容所送り、それに付随した強制移住の際の死、強制労働による死、はたまた抵抗した時の死、それと自動車事故による死、おまけには毒ガスによる死等々である。ホンデこれらは共産主義体制の全存在期間を通じて共産主義の犯罪的側面を明確に証明しておるし、また共産主義システム全体に渡り特定の地域を越えて固有のものであるとみなすことが出来るんじゃナ。数字で表せばソ連2000万人、中国6500万人、北朝鮮200万人、カンボジア200万人、東ヨーロッパ100万人、ベトナム100万人、アフリカ170万人、アフガニスタン150万人、ラテンアメリカ15万人、そして現在ではチベットやウイグルでの共産主義者による拷問や虐殺が続いており、その総数は合計すると何と1億人に迫るものなのじゃ。これは戦争による戦死者の数は含まれないらしいぞヨ。何でもニューヨーク市立大学のアルバート・ウイークス教授の推計によれば、共産(狂惨or凶惨)主義がらみの全体の犠牲者の総数はこれまた何と1億7000万人に及ぶとされておるぞなモシ。

テラダ某:
ゲ〜ッ、恐ろしかネ〜(ビックリ仰天)。

スターリン:
グフッ、その位にはなるかもしれんな。だがしかし、さしものわしも数だけでいえば毛沢東にはハット・オフ(脱帽)であるぞ。グフッ、ブフッ。
それにだな1920年代から50年代に亘って全世界の共産主義者とその他多くの人々が、レーニンやわしの政策に拍手喝采をしてきたのは真実である。グフッ、グフッ、かつての日本社会党や日本共産党もその内の一つだがな。
他の例でも非常に多くの人間がコミンテルンや「世界共産主義運動」の隊列に加わったものよ。1950年代から70年代には、これまた別の多数の人間達が毛沢東による中国革命の「偉大な舵取り」を褒め称えたものだ。ついでに言えば、またまたこれにも日本社会党と日本共産党はその内の一つに数えられていたのだが・・・・。そして「大躍進」と「文化大革命」の功績を賛美したものである。ブフッ、グフッ。
ほれ、日本でも名前を変えた共産主義思想である北朝鮮の「主体思想(チュチェ思想)」とかいうものに騙されて、たくさんの在日朝鮮人やその日本人妻達があのA新聞に煽動されて北朝鮮に渡ったものだ。そして悲惨な目にあったのだが・・・・。それに比較的最近ではカンボジアにおけるポルポト※7の権力掌握を喜んだ者達もたくさんいたしな、グフッ(白々しく他人事のように淡々と)。


トマスおじさん(トマス・H・モア):
あのナチスが約2500万人の犠牲者を生んだのに比較すると、共産主義体制の犯した犯罪は約1億人にも及んでいる。これらの事実は今世紀最大の犯罪的体制と考えられたナチスと、1991年まで国際的合法性を保ち、今日尚、幾つかの国において未だ権力を保持し総数は減ったものの、未だに全世界に信奉者を持っている共産主義体制との類似性について、日本でも再度更なる比較考察を提起し、かつまた喚起しなければならないのではないかのぅ、テラダ某ヨ。

テラダ某:
確かにトマスおじさんのおっしゃる通りでんナ。つ〜のはですネ、多くの共産党がスターリン主義の犯罪を遅ればせながら認めやしたが、その殆んどは未だあのレーニンさんの諸原則を放棄したわけではないし、自分達がテロルに関与したことなどまったく問題にもしていないッすもんネ。
日本共産党にしても然りですよ。しかも、いけシャーシャーと共産党という党名を変更すらしていませんぜ。党名を変えずに現在に至っている政党は戦後の日本ではこの党だけじゃないすかネ
ま〜、図々しいというか厚かましいというか頭が硬いというか、今更ここまで来たらコレっきゃないとしがみついて(笑)いるのか良く解かりませんが、コレはコレである意味大したもんではありますヨ(妙に感心して)。もっともあの日本社会党などは一旦死んだふりをしながら野党第一党の○○党に“ちゃっかりヤドカリ”(笑)のごとく乗り移って生き延び、いよいよ政権奪取に取り掛かろうなんて思ってたりして(失笑)。
そして、相変わらず社○民○党はどう見ても朝鮮労働党日本支部であり続けているんじゃね〜の・・・・・
そもそも、ドイツの「社会民主党」のイメージを拝借した一種のカモフラージュの一環としての党名であり、ドイツの「社会民主党」とは政策的にも似てあらざる党でっからネ〜。これも日本国民を騙すための欺瞞・擬態ですもんネ。もっとも野党第一党の○○党も同様だがナ、アメリカの民主党のイメージを拝借してカモフラージュしてますわ(呆れ笑い)。
共産主義者や社会主義者はホンマに欺瞞・擬態が十八番でっからネ(嘲笑)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ところで共産主義者はナチズムと同様に、人類の一部を生存するに値しないと宣言しておったわい。この二つのイデオロギーに相違点があるとすればじゃナ、それについてはナチスが弾圧・迫害・虐殺の対象を人種的、地域的に区分するのに対して共産主義者なるものは階層、階級によって区分している点であるのじゃナ。

スターリン:
ウムッ、そういえばナチスの犯罪の研究に比較して、このわしと共産主義のテロルの研究がはるかに遅れていたのは確かだろうな。

テラダ某:
だいたいが、共産主義の犯罪についての世論や証言の反響がこんなにも弱々しいのは何故なんすかネ。
だって、とりわけ80年間に亘って人類の三分ノ一の数を四大陸にまたがって襲ったわけッすもんネ。
それなのに共産主義がもたらした大惨事に関して、何故“日本の学者や学界”はかくのごとく沈黙しているんすかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ナルホド、ナルホド、テラダ某が言いたいのはだナ、日本における世論の現在に至るまでの沈黙について疑問があるわけじゃナ要するに共産主義の本質的な問題として人類に対する集団的かつ体系的犯罪として捉え、徹底的に分析しないのは何故か・・・・ちゅうことが言いたいのじゃろうテ、よかよか、だからこそ今回はご当人に御降臨していただいたのじゃヨ。一緒に過去にさかのぼって検証するかのぅ。

スターリン:
グフッ、わしもここへ来る前に閻魔大王からそのことについては人類に対する罪滅ぼしをかねて正直にお二人にレクチャーするように、くどく、しつこく、ねちっこく(笑)言い含められて来てな。まずはだな、共産主義の犯罪について世論が弱々しいのは日本だけの話ではないのだ。世界的に見ても研究が遅れておるし、またその反響も弱いのだ。もちろんこれには理由があるに決まっておる、グフッ、グフッ。それには、わしが思うに三つの理由があるのだよ。その一つ目はだな犯罪の隠蔽にほかならないのだ。共産主義国家においては歴史文書館は完全に閉鎖されており、総てのジャーナリズムとマスコミは管理され、出国したり、外国への持ち出しは総てコントロールされていて、もっぱら「体制の成功部分」のみが宣伝されるのだ。都合の悪い情報を外へ漏らさないためのこれら総ての装置は、まず第一に犯罪の真実を白日の下にさらさないことを目的としている。共産主義の犯罪が初めて承認されたあの1956年のフルシチョフ※8の「秘密報告」も奴自身の犯罪を隠蔽せんとする側面もあったのだぞ。奴はテロルの最盛期にはウクライナ共産党の首領だったのだが、総ての罪をこのわし一人に被せて、自分はただ命令に従ったまでとして犯罪の大部分を隠蔽したのだよ。だいたいが奴は共産主義者の犠牲についてしか語らなかったのだが、これなどは他の犠牲者に比べたらはるかに小数にすぎない。
奴は「スターリン時代に行われた逸脱」という小賢しい表現を使い、犯罪をぼかし、かつ隠蔽したのである。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まあ〜まあ〜、スタさんヨ、あまり感情的にならんようにナ。いわゆるフルシチョフ第一書記による1956年の“スターリン批判”のことじゃナ。気持ちは解かるがナ、顔が段々険しくなってきたぞヨ。
落ち着いて、落ち着いて・・・・・。

テラダ某:
そういや〜、スターリン閣下はキレると誰も手の施しようがないそうですぜ。 お〜、怖ぇ〜〜。

スターリン:
ウムッ、これは失礼いたした。わしが死んだ後のことにつき余計に腹が立ってな、あのフルシチョフの恩知らずめが グフッ(気を取り直して)。  それでは先に進ませてもらうぞ、グフッ。
さて、この共産主義体制は自らの大罪を隠すだけではなく、死刑執行人達やそれらに指示された暗殺者達はあらゆる手段で情報を伝えようとする者を攻撃し、迫害したのである。ソルジェニーツィンは国外に追放され、アンドレイ・サハロフはゴーリキーに流刑になり、ピョートル・グリゴレンコ将軍は精神病院にブチ込まれ、マルコフは毒の入った傘で刺されて殺されたものよ。これらの、人間の良心を目覚めさせ、真実の情報を伝えようとする人々に対して我々共産主義者達は彼らを社会的に失格させ、名誉も傷つけ、さらに怖気づかせようとしたわけだ。だが、これくらいのことは我々共産主義者達のやり口からすれば当然のことなのだ。
このような強力な威嚇と隠蔽にあって、これらの犠牲者自身が公然と発言することをためらい、そのうえ多数の密告者と処刑人が幅を利かせている社会に再び戻ることが出来ないようにしたのである。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
なるほどのぅ、どうじゃテラダ某、勉強になったかナ、なんせ、ご当人の生の証言じゃからのぅ。これは貴重であるぞヨ(幾分得意気に)。

テラダ某:
(おいおい、ユウレイの場合はご当人じゃなくてご当霊じゃネェ〜の・・・・・・

トマスおじさん(トマス・H・モア):
んッ、また何か言うたかのぅ

テラダ某:
(ギクッ アリャ、またバレてまんがナ)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ブツブツ呟(つぶやい)とらんで、次にいくぞなモシ。ほなッ、スタさんお次を頼んますぞ。

スターリン:
ウムッ、了解いたした。ブフッ、二つ目の理由としては何といってもカモフラージュだろうな。我がソ連がナチズムに対する勝利者達の仲間に加わっていたという厳然たる事実自体がカモフラージュそのものということになる。この勝利のおかげで我々共産主義者は人民の熱烈な愛国主義を利用して、その最終目標である権力の掌握をカモフラージュすることが出来たのだ。
ナチスの占領軍に対する積極的なレジスタンス(武装行動による抵抗)に参加した各地・各国の人々は弾圧され、銃殺され、虐殺されたり強制収容所へ送られたりしたのである。そして我々共産主義者は、これらの犠牲者達を共産主義の大儀を神聖化しつつ同時に自分達に対する批判を封じ込めるために利用したのだ。グフッ、グフッ、さらにはレジスタンスの過程で多くの共産主義者ではない者達が共産主義者と共に連帯と闘争と血で結ばれることにもなったわけである。それらのことによって、彼ら非共産主義者達の目を開くことを妨げる、すなわちカモフラージュすることに繋がったのだ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
フムッ、フムッ、要するに共産主義者が第二次大戦に参加しナチズムに対する勝利に加わったという事実は、左翼にとっては“真の基準としての反ファシズムという概念”を決定的に勝利させることになったのであるぞヨ。なるほどのぅ、つまりスタさん以下の共産主義者にとって、反ファシズムは決定的な“錦の御旗”というラベルになったというわけじゃナ。

テラダ某:
なるほどナットク、合点がいきましたがナ。つまりこの反ファシズムの“錦の御旗”において頑固な反共主義者(保守主義者や右翼)を沈黙させることが比較的に容易になったッつぅ〜ことですかネ。
解かり易く言えば敗北したナチズムが連合国(ソ連も含む)によって「絶対的な悪」と世界中が周知の中で名指しされたので、その逆に共産主義は、ほぼ自動的に「善の陣営」に入れられたんすネ。
そういえば、あのニュルンベルク裁判※9の時にソ連は悪を裁く正義の立場としての検察側を構成する一員だったんすもんネ。
したがって、1939年のあの悪魔の盟約といわれた独ソ不可侵条約についての批判や非難、そして“カティンの森事件※10”等のスターリン閣下にとって都合の悪い事柄は西側諸国の民主主義的価値観によっていち早く隠蔽されたことになりまんねん。 こりゃ〜儲けましたナ、スターリンさん。
そしてさらに、このナチズムに対する勝利は、世界に対する共産主義体制の優れた証拠のメッセージとも成りえたわけでんナ〜。

スターリン:
そう、その通りなのだ。グフッ、おまけに米・英軍によって解放された北欧や西欧においては、我が赤軍に対する感謝の気持ちとソビエト連邦諸民族の今次対戦において払った犠牲に対して、同情や罪悪感すら起こったものである。当然のことながら我ら共産主義者の側は、もちろんこの感情を抜け目なく宣伝に利用したのだ。ブフッ、グフッ(してやったりの態で)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それと同時にじゃナ、ソ連赤軍による東ヨーロッパの解放の中身についてはアメリカを始めとする西側諸国にはほとんど知られなかったんじゃヨ。
そのために当初西側諸国は、この二つのまったく違うタイプの「解放」を同等にみなしてしまったんじゃ。
何のことはないんじゃヨ。一方は民主主義の復興へと導き、片やもう一方は独裁体制の創設の道に繋がるものだったッちゅうのにのぅ・・・・・・。
ウィンストン・チャーチルの言う「鉄のカーテン」に閉ざされて、その彼方からは真の情報が既に西側諸国には伝わらなくなっていたんじゃナ。

テラダ某:
ところで、スターリン大元帥閣下殿に至極初歩的な質問をしてもよろしゅうおますか

スターリン:
おいおい、テラダ某とやら、初対面でもあるまいにいつまでも肩肘を張ることもないぞ。もっとリラックスしたらどうかな。
んッ、そうだ、トマス殿のようにわしに語りかけるときはスタさんで結構だ。よしよしこれで行ってみよう。

テラダ某:
え〜っ・・・・(そう言われてもナ〜、何か複雑な心境でんナ〜、まッ、この際ヤブレカブレでスタさんのお言葉に甘えちゃいまっかネ)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
スタさんも地獄界で苦労したせいか、少しばかりカドが取れたかのぅ(皮肉笑)。ま〜、テラダ某ヨ、本来のお前さんのスタイルである阿(おもね)ず、媚(こ)びず、諂(へつら)わずでいったらどうじゃ。

テラダ某:
で〜ッ、質問なんすが、スターリン主義ッつぅ〜のは何なんすかネ

スターリン:
フムッ、何ッ、要は二十世紀中頃のソビエト連邦(ロシア)の指導者であったわしの発想と実践の総称ということになるかな。具体的にいえば、ロシア革命とその内戦後に発生した特権的官僚と、その権益を防衛する秘密警察(GPUやNKVD)の支配をバックにして「絶対的な独裁者」たる立場を確立した社会体制とでも言えば解かり易いかな。
それ故に、わしの死後は全体主義(ファシズム)と同列に扱われているらしい(自嘲気味に)。

テラダ某:
な〜るほど、それではマルクス・レーニン主義とは何なんすかネ

スターリン:
それはだな(苦笑しながら)実はわし自らが「レーニンの最も忠実な使徒」を自称し、レーニンの死後以降にレーニンを神格化することによって、わし自身に対する個人崇拝をも推奨したわけなのだ。そのためにその支配用のイデオロギーを「マルクス・レーニン主義」と、手前味噌ではあるものの(笑)わし自身が命名したのである。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そういえば、現中国共産党指導部が政略的に毛沢東をいまだに崇めているのと同じじゃヨ。もっとも今では毛沢東の御威光(笑)だけでは足りず、あの孫文※11までを国父として崇めておるわナ(呆れ笑い)。そして中国共産党のイデオロギーは、独裁体制には都合の良い統治システムでもある共産主義と古来からのあの鼻持ちならぬ大中華思想に反日一辺倒の偏狭な愛国主義との三層構造によって成り立たせようとしておるわい。それにチベット、ウイグル、内モンゴル、既にほぼ民族浄化されてしまった満州族※12など総ての少数民族を同化し、他の残りの少数民族も、かつての満州族のように民族浄化作戦が進行中であるぞヨ。
テラダ某ヨ、もちろん現在日本で行なわれている盛り場浄化作戦とは何の関係もないけん、誤解のないようにナ(笑)。そんでじゃナ〜、その民族浄化を正当化するために“中華民族”などという未だかつて聞いたことのない新語まで造語しておるんヨ(失笑)。
言葉は重宝なものだからのぅ。これもまた、一種の文化言語の創造ッてやつの一つの例かもナ(笑)。

テラダ某:
(トマスおじさんの冴えないギャグを無視して)あの〜、お話の最中恐縮ですが、共産主義の説明の続きをお願え〜しますヨ、スタさん・・・・・。

スターリン:
オ〜、そうだな、では続けさせてもらうことにするか。さらにはだな、わし自身が提唱した「世界革命を経なくてもロシア一国による社会主義建設が可能である」という“一国社会主義論”というテーゼがスターリン主義の最大の特徴ということになるかな。
とにかく、レーニンやトロツキー※13を始めとするロシア革命期のボルシェビキ※14の指導部はその大前提として「一国による革命、つまり世界革命の結合なくして資本家の搾取を廃絶する社会主義体制の建設と確立は不可能である」という“世界革命論”を共通の認識にしていたのである。
まッ、とにかくそれは第一インターナショナル※15以来の初歩中の初歩の原則であった、と言えるのだ。

テラダ某:
ふ〜ん、なるほどネ。

スターリン:
それとだな、マルクス主義に「民族主義」あるいは「国家主義」のコンセプトを持ち込んだのはわしの“功績()”である。つまり共産主義と民族主義と国家主義の“三本立て”ということになるのだよ。
さらには、トロツキーを始め革命期のボルシェビキ指導部の多くはユダヤ人であったが、わしは「反ユダヤ主義宣言」によって奴らの追放を容易にしたのだ。つまり、まさにこの時点から共産主義は反ユダヤ主義と化合し、当初の、彼らユダヤ人の思惑とは別の方向に向かうことになるのである。トロツキーらの本音としては、世界のユダヤ人を解放するためには最終的に世界革命しかない、と思っていただろうからな。
わしの「一国社会主義建設論」自体にしても、実は「ロシア民族の優越性」という宣伝によって鼓舞した側面が大いにあるのだ。
わしがその「民族主義」を最大限に鼓舞したのはナチス・ドイツによる我がソ連邦への侵攻時であろう。
わしはそのヒトラーへの反攻戦を「大祖国戦争」と名付け、「国際労働者階級の利益」などというそれまでのマルクス主義の偽善の命題などはポイッと投げ捨てて“ロシア民族の命運を賭けた決戦”としてこの戦争を鼓舞したのである。また、禁止したはずのロシア正教を臆面もなく復活(笑)させて、「ロシア・アイデンティティ」を極限まで煽動したのだ。

テラダ某:
へ〜ッ、でもマルクス・レーニン主義の理論では、「宗教は民衆の阿片である」とのマルクスの言葉を踏襲し、宗教の存在を否定していましたよネ。
実際に、ロシア革命以降は諸宗教の数多くの教会が破壊され、多くの聖職者及び信徒が虐殺されたじゃないすか。とにかく、マルクス・レーニン主義者の宗教に対する否定的な姿勢は相当に戦闘的でしたもんネ。そしてこれは、スターリン時代にも受け継がれ、『戦闘的無心論者同盟』なども組織されたじゃありませんか、ねえ〜、スタさん(皮肉ッぽく)。

スターリン:
よいかな、テラダ某とやら、何事もすべからく“臨機応変”が肝要なのだよ。いざとなれば何でもアリなのだ。必要とあらば“朝令暮改”であり、“君子豹変す”でなければならない。それに、“目的は手段を正当化する”のである(毅然として)。

テラダ某:
う〜ん、な〜るほど

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おいおい、テラダ某がスタさんに質問ばかししておるから、本来話していたテーマからはチィ〜とばかり話の筋がずれておるぞヨ。ここらへんで元に戻さんとナ。

テラダ某:
いや〜、すんませ〜ん、ところでスタさんはどこまで話しましたっけ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
何じゃ、やはりお前さんは忘れておったのか、ほんにお前さんはおバカさんじゃのぅ。ヒョットしてそろそろアルツハイマーの症状が出ておるかナ。

スターリン:
アッハッハ〜、では話を元に戻すとするか・・・・・。 共産主義の犯罪について何故世論が沈黙し、共産主義の本質的な問題をナチスの犯罪のように体系的犯罪として捉え、徹底的に分析しないのは何故か・・・・ということだったな。そして、その理由の一つ目の説明は終わり、二つ目の説明の途中であろう。それはカモフラージュについてだったな。それでは続きをはじめるとするか、まず巧妙なカモフラージュとしては、1945年以降、ユダヤ人のジェノサイド(集団殺戮)は近代における蛮行の典型のようにみなされ、二十世紀最大の大量テロルの縮図となったのである。近年になると共産主義世界では、ユダヤ人のジェノサイドの特殊性および異常性を強調することによって人々の注意を引くことで同じ類の共産主義の現実を覆い隠せたのである。だいたいが一体全体どうして勝利によってナチス・ドイツのジェノサイド・システムの撲滅に寄与した人々(共産主義者)が、同じ方法を実践して大量虐殺を行ったなどと想像することが出来るだろうか
世界においても日本においても、もっとも多く見られた反応は、今となって想うには、このあまりにも強烈過ぎるパラドックスに、誰もがバツの悪さに茫然自失して、真実という正体に面と向かうのを拒否することしか出来なかったといえるのではないか。

テラダ某:
・・・・・・・・(沈黙)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ところで、テラダ某ヨ、日本人は共産主義の犯罪についてどれ程のことを知っておるのかネ
日本においてはナチスの犯罪の分析と比べて共産主義のテロルの分析は、はるかに遅れていたのではないのかナ
この理由は、1945年の第二次大戦の勝利者(ソ連も含む)たる連合国側がその戦争犯罪の中でも、特にユダヤ人に対するジェノサイドを、合法的にナチスを弾劾する中心に据えたからなのじゃ。
その後、いったい世界中の多数の数知れぬ学者らが、過去何十年来に亘りこの問題に取り組んできたことか・・・・。
何千もの本がこの問題を採り上げて出版され、何十もの映画が様々な違ったアングルやタッチで作られたことじゃろぅ。例えば『夜と霧』、『ソフィーの選択』、『アンネの日記』、『シンドラーのリスト』、『地獄に落ちた勇者ども』等々があるわナ。
ラウル・ヒルバーグ※16などは第三帝国におけるユダヤ人の殺害方法の詳細を、その主な著作の中心に据えて描いておるぞヨ。ところがじゃのぅ、共産主義の犯罪の問題についてはこの様なタイプの研究は世界的にも存在しないのじゃヨ。しかし不公平じゃのぅ、テラダ某ヨ。そうは思わんかネ
例えば、ヒムラーやアイヒマンやメンゲレの名前は現代の蛮行の象徴として知られておるのに、ジェルジンスキーやヤゴーダやエジョフ(いずれも秘密警察の長官)の名は大部分の人々には知られていないのじゃ。せいぜいベリヤ(同じく秘密警察の長官)位のもんだろうて。それどころかレーニン、毛沢東、ホー・チ・ミン※17そして、こちらにおわすスタさんでさえも、驚くべきことに依然として尊敬の念を持って未だに語られておるのじゃヨ。

スターリン:
おいおい、トマス殿、そ奴らと一緒に並べて語られるのはナットク出来んぞ、レーニンはまだしもな。考えてもみたまえ、毛沢東なんぞはわしが武器や資金を援助しなければどうなっていただろうか
そして、これは特に強調しておきたいのだが、あの西安事件において毛沢東が蒋介石を殺そうとしたのを、わしが止めていなければ奴はいったいどうなっていただろうか
あの時、わしの命令により蒋介石を殺さずに生かしておいて第二次国共合作※18を成功させなければ中華人民共和国の成立はなかったかも知れんのだ。何せ、あの時点では毛沢東は蒋介石に追い詰められており、奴の立場は風前の灯であったはずであろう。まだある、我がソ連赤軍が満州に侵攻し、そこを占領した後に中国紅軍に満州をバトンタッチしてやったからこそ、その後の国共内戦に勝利出来た筈である。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜ッ、そうじゃった、そうじゃった。確かにそれによって蒋介石と日本軍を戦わせ、命が助かるどころか漁夫の利を得たのが毛沢東ということになったからのぅ。
それに、あの時、蒋介石の息子の蒋経国(しょうけいこく)の身柄を、スタさんが預かっていたのも大きかったわナ。あんさんの深謀遠慮には恐れいったわい。そして、あの西安事件が大日本帝国の運命の岐路にもなったしのぅ。

テラダ某:
ふ〜ッ、お二人のお話を聞いてると汗が吹き出てきまんナ(真剣な表情で聞き入る)。

スターリン:
それでは、そろそろ最後の三番目に行くとするか、これはなんといっても我々共産主義者の得意技である強力なプロパガンダ(宣伝)であろう。
この我々の宣伝に対して西側諸国は、長いこと例外的な盲目ぶりを示してきたのだ。恐らくそれは、我々の共産主義体制が格別に悪賢い体制だったからである。そして、それに対して西側諸国がナイーブ過ぎたことと同時に、我がソ連邦の力を恐れたことと西側諸国の政治家のシニシズム(冷笑主義)からきていたのであろう。
例えばわしとフランクリン・ルーズベルトの間柄においては、ルーズベルトの盲目的とも言えるナイーブさを感じ取ったものである。そして、日本や西側諸国の共産主義者や左翼の多くの人間達は、東側諸国では「社会主義が建設途中」であり、西側や日本等の民主主義国家においては社会的・政治的対立を生んでいるものの、「あちらの東側諸国」では社会主義が現実になっていると信じていたしな。つまり、トマス殿の言うユートピアをだな(皮肉タップリに)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
(おもわず苦笑しながら)そういえば、当時共産主義はその明るく希望的な面を見せておったのぅ。それは啓蒙であり、社会的解放であり、人間的解放などの伝説でもあったわけじゃナ。
さらには「真の平等」であり、かつまた「万人の幸福」という夢でもあったんじゃヨ。要するに総てが宣伝であったのじゃ。まるで誰かさん(笑)が著した『ユートピア』のようにナ・・・・・・(照れ笑い)。
ま〜、つまり共産主義の体制とその社会の闇の面を、完全に隠していたということになるかのぅ。だが、やはり共産主義の犯罪的側面について盲目的だったのは、何といっても、やはりマルクス・レーニン主義の革命の理念そのものに対する信奉じゃろぅ。
この革命理念に“サヨウナラ”という作業はまだ終わっていないということじゃナ。その証拠に赤旗、インターナショナル、突き上げた拳の銅像(一部に存在)といったそのシンボルは、大規模な社会運動が起きるたびに浮かび上がって来るのじゃヨ。
なにしろ、未だにレーニン、トロツキー、毛沢東らの古い演説を正当化し、何回も反復してはばからず、公然と革命を唱えるグループもおるしナ・・・・・。
だいたいが、現在の日本でも戦後から長期に亘って偽装して、あるいは仮装してそれを狙っている勢力やグループが存在しておるのヨ。もっとも、その手法は途中で、アメリカの新大統領になるオバマよろしく“チェンジ”しておるがナ。
何といっても奴らは、若かりし頃、脳ミソに刷り込まれた黙示録的かつ暗示的で呪文のごときマルクス・レーニン主義の理論や宣伝を心底信じていたからのぅ。この呪文は墓場の下に行っても所詮解けんじゃろうて(諦め)。ま〜、こ奴らは現在に至っては日本の社会や風土や歴史が生んだ“日本型の変形したマルキスト”といえるかも・・・・。
恐らく“オモテやウラや闇”を問わず共産主義や社会主義や全体主義の十八番である、嘘・こじつけ・すり替え・詭弁を駆使し、歪曲・捏造・偽善・欺瞞・擬態・隠蔽そして・宣伝・洗脳・煽動・脅迫に世論誘導・言論封殺、さらに最後には威嚇・抹殺(社会的or物理的に)までメニューに入っており、これらがオンパレードして(笑)戦後から今に至るまで現在進行形になっておるのではないかのぅ。
これは恐らく、マルクス・レーニンによって洗脳された比較的(笑)オツムの良いマルクス・レーニン主義を誤解したナイーブな日本人の思い込みと、被差別部落民の江戸時代以来の積年の恨みや怨念によって形成されたDNAからくる反日・反国家思想と、社会主義・共産主義の信奉者のくせに民主主義を装いつつ、時間をかけながら化合・混交して出来たものであり、戦後の長期間に亘って実に巧妙に隠蔽されカモフラージュされて来たものであるのだろうナ。そういうことであるからして、日本ではくれぐれも気をつけなされませいテラダ某ヨ・・・・・。

テラダ某:
へッへ〜、お言葉、肝に銘じますデス〜(かしこまって)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
フムッ、フムッ、なかなか素直でよろしい。

テラダ某:
でッ、かくして日本がオカシクなったんすかネ(半信半疑)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
どうかのぅ。それでは、ともかくキリがないので、本家の共産主義や社会主義についてはこの辺で一旦終了しておくかナ。続いて、日本における共産主義の出自についてワシに語らせてもらうかのぅ。

スターリン:
わしもその後で、トマス殿から依頼を受けた件について答えなければいかんしな。

テラダ某:
えッ、この私めのあずかり知らない何かがあるんですかいそれは、それは楽しみでんな〜(期待して)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それではいくぞヨ。そもそも政治を動かすものはその時代を流れている思想なのじゃヨ。
昭和の時代の始まり(1926年)と共に日本全国を襲ったのは世界大恐慌の嵐だったのじゃ。企業の倒産は相次ぎ、巷には失業者が溢れておったわい。そんで、深刻な農業不況は農家の娘が人身売買されなければならない程の深刻な状況を生んだのであるぞ。
マルクスの言う資本主義の矛盾の激化及び末期的症状であるとの言葉が、人々の心を捉えたんじゃナ。
日本共産党は1922(大正11)年6月に結党されておるんじゃヨ。もちろんコミンテルンの指示と支援によるものなんじゃがのぅ。そして、この世相を捉えていよいよ非合法活動を開始したんじゃヨ。
当時、最左翼とみなされていた「労働農民党」や「日本労働組合評議会」、そして「全日本無産青年同盟」の三団体も必然的に日本共産党の指導下に置かれるようになったのじゃ。
さらに日本共産党の闘争方針は、いわゆる「1927年テーゼ※19」と呼ばれる、コミンテルンの一支部である日本共産党への指示に基づくものだったのでア〜ル。
国際資本主義の当時としての現段階を、最末期の国際金融資本支配の下にある、独占資本主義の崩壊過程にあると規定して、日本資本主義も当然ながら同じく崩壊過程にあり、その崩壊を支えているのが「天皇制度」にあるとしたんじゃヨ。
それ故に、「天皇制度打倒」を中心スローガンとして掲げ、プロレタリア革命にそれを直接投入せよというものだったらしいのぅ。

テラダ某:
チョット待っておくんなさい、トマスおじさん、さっきから盛んに出てくるコミンテルンッていったいなんすか

スターリン:
それはだな、テラダ某よ、「共産主義インターナショナル」のことだ。又の名をコミンテルンあるいはまた、「第三インターナショナル」とも呼ぶのだ。このコミンテルンは極度に中央集権化された組織であり、解かり易く言えば「世界革命の参謀本部」と理解すればよろしい。従って、コミンテルンの命令や指示は絶対的であり、各国の支部はこれに絶対的服従を要求されたのだ。そもそもこのコミンテルンは、最初からレーニンが国際的な秩序を転覆させる道具の一つとして構想したものだ。

テラダ某:
ということは、他の道具ッていうのは何でんねん

スターリン:
それは、ソ連赤軍であり、狡猾な外交であり、お後は我らが得意とするスパイ活動(当然謀略も入る)である。もう一つ別な言い方をすればこのコミンテルンは革命蜂起と、建て前を言えば(含み笑い)プロレタリア独裁のための国際党である。
したがって、各国の共産党はコミンテルンの一支部にすぎず、本部はモスクワにあるのだ。
ついでに道具の一つである「GPU(ゲー・ペー・ウー)」はこのわしの権力の主要な機関であり、わしのソ連邦における「専制支配の道具」なのである。
組織としての「GPU」とコミンテルンはもちろん同一ではないが、両者は分離しがたく結ばれている。
この両者は互いにわしに従属しており、「GPU」に命令を発しているのは、コミンテルンではなく、逆にコミンテルンを完全に支配しているのは「GPU」なのである。
そしてコミンテルンは「GPU」に、ついで「NKVD(エヌ・カー・ヴェー・デー)※20」にも支配されていたのだよ。

テラダ某:
なんとも、まことに御丁寧かつ解かり易くご説明をいただき、感謝いたしますデス。

スターリン:
テラダ某とやら、噂と違い随分と礼儀正しい御仁だな。

テラダ某:
えッ、いや〜、あの〜、お褒めいただいてまことにありがとうござんす(謙虚に)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おいッ、テラダ某ヨ、そろそろワシにも語らせてくりゃれ。もっとも、解からないことを質問するのは実に結構なことじゃがナ。ホレッ日本の格言で“聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥”というからのぅ。ガッハッハッハ〜、よかよか、感心感心(得意になって)。
ではいくぞヨ、ホンデじゃな、この共産党の動きに対応するために日本の内務省は、1928(昭和3)年3月15日に一斉検挙に踏み切ったんじゃヨ。これが世に言う「3.15事件」でナ。
起訴・収容された者530名、取調べを受けた者は5千数百名に登り、国民はビックラこいたんじゃヨ。
中でも、東京帝国大学や京都帝国大学を始め、大学・高校等からの「赤い学生」の輩出は当時の日本国民にとって実に衝撃的だったのじゃ。
要するに、この事件に見られるごとく、マルクス主義旋風は一世を風靡したわけじゃ。ついでに言えば、これは日本だけの現象ではなく、ドイツ・フランス・イギリスでも、そしてアメリカでもマルクス主義は知識人社会を支配した観を呈したのじゃヨ。あの頃の時代は、そういう時代でもあったのじゃナ。
さらに、不況が深まり行く世界はマルクスが説くように、資本主義の末期症状なのだッちゅう世相が説得力を持つようになり、ある種の末法思想のように青年達の心を捉えていったのでア〜ル。
ホンデもってじゃナ、ここで注目しておかなければならないのは、1928(昭和3)年の第六回と1935(昭和10)年の第七回の二回のコミンテルンの大会における決定事項なのじゃ。
特に第七回の「人民戦線戦術」には注意かつ是非注目すべきじゃのぅ。なんとなれば、日本の運命と深い深〜い関わりのある決定だからなのじゃヨ。
「人民戦線戦術」ッちゅうのは共産党自体は裸体を曝(さら)さずに、あらゆる社会組織の中に潜伏し、実権を握って革命準備とソ連邦の擁護に努めよッちゅうことなんじゃナ。
それでだな、これ以後、共産党員は社会の表面から姿を消したのじゃヨ。これはコミンテルンの決定であるからして、モチのロンで世界的に実行されたわけじゃ。
当然、アメリカ国内でも日本と同じ現象が進行していたぞヨ。つまり、アメリカの軍や政府内部にもコミンテルンの要員が潜み始めたのじゃナ。
これらのピンカーズ(隠れマルキスト)達が日本の敗戦後、「GHQ」のメンバーとして日本に乗り込んできて、例の“平和念仏憲法”などを押し付けたんじゃヨ。
ま〜、この時代、二十歳前後の学生時代にマルクス主義の洗礼を受けた人間達は1930年代に入ると四十歳代に達しておってなぁ〜、官庁においても社会組織の中でも学卒者の彼らはそれぞれの要路に立つようになっておったんじゃ。あのゾルゲ事件の尾崎秀実は、自身の手記にもあるように大正14年には自分は共産主義者になっていたと記しておるわな。
東大法学部を卒業して後、A新聞に入社してから上海でゾルゲと接触してコミンテルンの要員となったのは昭和9年じゃけん、既にA新聞の中で33歳のまさに中堅の幹部社員として遇されていてのぅ。その後同社を退社して第一次近衛文麿※21内閣の中国問題担当顧問として嘱託に就くのが昭和13年7月だったのじゃ。以降は近衛内閣の最高ブレーンとして設けられた「朝食会」の中心人物として、この政治幕僚会議を第三次近衛内閣まで主催してきたのじゃナ。
当時、現在の官房長官職にあたる内閣書記官長は、尾崎の裏の同士である風見章※22であったのじゃヨ。この男は結局のところ戦後、左派社会党に入り1946年10月の左右社会党統一時に党の顧問となるのじゃヨ。そして、1957年には訪中して周恩来※23とも会談しとるがナ。どんな命令を受けてきたんかのぅ(疑惑) 案の定、その後同僚議員とも連名で1958年7月に中国侵略への“反省声明”を発表し、その後は憲法擁護や日ソ・日中の国交回復などに力を尽くしたそうナ。
連名議員の中の参議院議員細川嘉六は政治学者でありコミンテルン日本代表であり、風見章が書記官長就任以前からの盟友であり親友であったそうじゃ。
ブレーン機関としての「昭和研究会」のメンバーを上げれば蝋山政道、風見章、牛場友彦、矢部貞治、笠信太郎、平貞蔵、有田八郎、岡崎三郎、堀江邑一等々であり、その後、さらに宇都宮徳馬(戦後はマルキストのくせに自民党の中に潜っていた)なども新たに参加して行くことになるんじゃヨ。そうそう、あの吉田茂※24(笑)も加わっておったしナ、またこれらの会員の中には実際に近衛内閣に入閣した人物も多いんじゃナ。どちらにしろ「昭和研究会事件」として総ての名前は明らかになっておるぞヨ。
ところでじゃのぅ、風見章を内閣書記官長に推したのはいわゆる政治的な動きをする軍人官僚達で、陸軍省軍務局長の梅津美次郎や柴山軍務課長らであったことは注目しといたほうがよろしかろう。
つまり、これらの軍人官僚達と昭和研究会とコミンテルンの要員達とが密接な関係を持っていたという事実は大いに重視されるべきじゃろうて。
当時、「高度国防国家建設」は陸軍の上級幹部達にとっては一種の正論であり、その下に「国家総動員法」と「電力国家管理法」という二つの有名な法律が制定されておるんヨ。
いわば社会主義と同じこの計画経済は、スターリンの「第一次五ヶ年計画」を基にしており、「高度国防国家建設」という当時の堂々たる正論の下に成立したものじゃ。
とにもかくにもじゃナ、日本と蒋介石大総統殿(笑)を戦わせるというコミンテルンの意図を体した尾崎秀実や風見章達は支那事変完遂を通して「高度国防国家建設」を願望する政治軍人達と意気投合して、盧溝橋事件などという小競り合いにまで過剰反応しちまったんヨ。
だがしかし、この戦争を始めたのは支那であり、大戦争を仕掛けたのは前回御降臨した蒋介石ちゃん(笑)なのじゃヨ。つまりじゃナ、支那事変の拡大に乗ってしまった日本政府や一部の軍部の内実や内情の一部はかくのごとき情けない次第であったのでア〜ル(ヤッパリ出ました今回お初の、定番である十八番の長広舌)。

スターリン:
ワッハッハッハ、のぅ、トマス殿、要するにわしの描いた絵面通りになったわけよ。これは、これは最高に気持ちが良いぞ。イッヒッヒッヒ、してやったりとはこのことだな、ウンウンよしよし・・・・・(大満足)。

テラダ某:
(小声で涙目になって)、クソ〜、ぐやじぃ〜・・・・・・。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おいおい、テラダ某ヨ、元気を出しんしゃい 総て過去のことじゃけんネ、日本にとって大事なのは今であり、これからなのじゃぞ。オット、もっとも、もう日本は遅いかもナ。

テラダ某:
ッたく〜、上げたり下げたりいったいどっちなんすかネ(再びガックシ)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ホンジャ〜、ここまで来たついでにマルクス主義とユダヤ人との関わりについて少し語らせてもらうかのぅ。
そんでだナ、十九世紀から二十世紀に架けて世界の歴史の運命が一変したのは、1917年のロシア革命以降ということになるぞヨ。
ロシア革命というのは、プロレタリアート主導の社会主義革命であったとの誤解と錯誤が未だに日本社会を覆っておるのぅ〜。
何せ、当時はロシア・ユダヤ・クーデターと呼ばれておったのにナ。ま〜、マルクスがユダヤ人なのは周知の通りだと思うんじゃが、レーニン、トロツキー、ジノビエフ、カメーネフらの指導者のほとんどは実はユダヤ人なのじゃヨ。もちろん、セオドア・ルーズベルトやフランクリン・ルーズベルトもユダヤ人であるのも既にご存知であるとは思うがナ。
ところで、第一次大戦の敗戦国であったドイツは戦後「社会主義革命」の危機に陥ってしまってのぅ。あの虐殺されてしまった有名な女性指導者のローザ・ルクセンブルクやカール・リ―プクネヒト※25もユダヤ人なのじゃ。
敗戦国のドイツにはワイマール共和国が成立するが、主要な指導者達をユダヤ人とするユダヤ・ドイツ共和国とドイツ国民には見做されていてのぅ。
このことへの強烈・猛烈・激烈な反動こそが、ナチズムを誕生させることに繋がったわけじゃが、ナチを逃れて多数のマルクス主義者やユダヤ人がアメリカに亡命したんヨ。
ところで、フランクリン・ルーズベルトにしてもコロンビア大学を出て後にハーバードの大学院を出ているしナ。なんせルーズベルト政権の主要なスタッフの内でニ百数十人、正規職員以外では何と三百人を上回る多数のマルキストが含まれていたんじゃナ。
そしてこの中には、当然のごとくソ連やコミンテルンの諜報要員が含まれていたことが「べノナ文書※26」などにより今では明らかになっておるぞ。そうそう、あの世界人権宣言の執筆者のフランクリン・ルーズベルトの奥方であるエレノア・ルーズベルトも隠れマルキストじゃヨ。
この事実は現在の日本の問題に大いに直結しておるわナ。エッ、今さらマルクス主義古くせぇ〜な〜と、お思いの諸兄達は、相当認識を改めていただかなければなりませんナ。
よろしいかナ、1917年のロシア革命の成功は当時のわけ知りの常識で言えば、ユダヤ・クーデターの成功なのですぞ。つ〜ま〜り〜、ハッキリ言えば“マルクス主義の勝利”と錯覚されたのでア〜ル。
一方でロシア革命の後、ハンガリー革命に失敗したルカーチ・ジョルジュ※27はソ連に亡命じゃが、次々に失敗して行くヨーロッパ革命の潮流とその退潮を見つつ、彼は革命が起こらない原因を次のごとく思考したのじゃ。
それは人民の頭を縛る文化や伝統や歴史の力ではないかと考えたわけじゃナ。ルカーチはその著書『歴史と階級意識』の中でプロレタリアートだけではない人間全体の「自己疎外」からの解放、要するに古い価値観の廃絶とそれに代わる新たな価値観の設定なしには、革命の成功などはおぼつかないと考えたのじゃナ。一時は勝利したハンガリーの革命政府において、ルカーチは教育人民委員(教育大臣)代理に就任したんじゃのぅ。ちなみにこのルカーチもユダヤ人でナ。
ホンデじゃナ、ルカーチは自分の立場からその理論を実践してみたのじゃヨ。学校の生徒達は恋愛の自由や古い性道徳からの脱却を教えられたんじゃ。そして、その古い性道徳を否定するように求められたんヨ。つまり古い性道徳の価値観から抜け出るように指導されたということじゃナ。
以上述べた古い価値観からの廃絶と脱却ということから始まって、あらゆる「文化規範」が批判の対象になるに至ったのじゃヨ。
解かり易く言や〜、貞操観念なんぞは反革命的であると嘲笑されたそうじゃヨ。え〜のう、羨ましい限りじゃヨ。ワシも次回はタイムマシンに乗ってこの当時のハンガリーにタイム・ワープするもんネ。アリャ〜また脱線してもうたわい、悪い悪い(照れ笑い)。

テラダ某:
(スケベ〜なトマスおじさんを無視して)それッて、キリスト教、教会、家族制度、父権、権威、性的節度、愛国心、国家、伝統、尊敬心等々ありとあらゆる徳目や価値は批判されなければならない、とされたんすよネ。実はこれって、最近何かの本で読んだばっかしの俄か知識なんすがネ(バツが悪そうに)。
そんで、ハンガリー革命が再び失敗しちゃうと、ルカーチさんはワイマール共和国(ドイツ)に逃れちゃって、フランクフルト大学にマルクス研究所を創設したんすよネ。

スターリン:
それは1923(大正12)年のことである。奴は「古いマルクス・レーニン主義」は自覚しないままに権力奪取に成功してしまったのだ、と考えたのさ。ま〜奴のこの考えは、どう見てもマックス・ウェーバー※28の影響だろう。そもそもマックス・ウェーバーは資本主義が誕生するにあたっては、資本主義のエトスが産業革命を指導したからだと思考したのだ。 そうそう、ついでに言えばマックス・ウェーバーもユダヤ人だがな。まッ、ルカーチは、革命意識に先鋭的に目覚めた一群の「前衛」達が、文化が破壊された状態のロシアを突き破って革命を成功させた、との考えに至ったのだろう。
つまり、このように人民の頭を縛り付けている古い従来の価値観や文化というものを徹底的に破壊しなければ共産主義には到達出来ないのである(虐殺の正当化)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
となればじゃナ、革命の主導者は古い価値観に支配された労働者ではなく、知識人でなければならないという理屈になるわナ。
何故ならばじゃ、批判理論を駆使して諸学問を学際的に結合して、資本主義社会の構造そのものを批判の対象として構造化出来るのは、インテリゲンチャ(知識人)でないと出来るわけがないしのぅ。
つまり知識人こそ物象化の止揚の任務をになう主体なんじゃヨ。こういった作業はスタさんには無理じゃろうナ。んッ、どうじゃ(厭味)。

スターリン:
わしは、あまり学問は好きではないし、むしろ苦手だったからな。わしにとっては小難しい理屈などはどうでもいいのだ。とどのつまりは党と軍と秘密諜報機関(GPU、NKVD)を握り、絶対的独裁権力をこのわしがいつ、いかなる時でも即、行使できればそれでいいのだ。
細かい屁理屈は青ッちょろい秀才達にやらせておけばいいのだよ。どちらにしろ、共産主義なるものは、わしにとっては国家統治のための手段にすぎんのだ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうは言うがのぅ、それではただのファッショと変わらんのでないかナ。フランクフルト学派と称する学者どもの思想はだナ、コミンテルン的で旧式なマルクス・レーニン主義とはチョイと違うんじゃナ。もちろん重なるところも多いがのぅ。
率直に言えばだナ、要するに知識人向けのマルクス主義だわナ。だからこそ大学やメディアの世界に広がり、浸透していったのじゃ。
ホレッ、日本でも京都大学や東京大学あたりは、結構影響を受けてる教授や学生達を多数輩出しとるじ
ゃろぅ。これらを含めた輩達がリードして、戦後から現在に至るまで日本社会の中にイデオロギーと一大利権構造から成る日本の戦後レジュームを構成しているのじゃヨ。
じゃから、日本国民に「真実の歴史」などがバレてもうたら、この利権構造そのものが崩れかねんからのぅ。かくして、あの江藤淳の言う「閉された言語空間」てなことに相成るんじゃナ。

テラダ某:
アッシもそこらへんになると、からっきし理解出来ないんでやんすが、そのフランクフルト学派で有名な人達ッて誰でやんすかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
フムッ、まずはマックス・ホルクハイマーじゃナ、フランクフルト学派の設立は1930年じゃヨ。この時にマックス・ホルクハイマーがドイツのフランクフルト大学の社会研究所の所長に就任したんじゃヨ、で、ナチが政権を獲得したんでメンバーの多くが亡命し、活動拠点をアメリカへ移したんじゃナ。そして第二次大戦後は、再びドイツを中心として活動するようになったんじゃヨ。
ほんで、このフランクフルト学派の主な思想家はテオドール・アドルノ、ヴァルター・ベンヤミン、エーリッヒ・フロム、ヘルベルト・マルクーゼ、ユルゲン・ハバーマス、といったところがおるかのぅ。まッ、これらの御仁達もユダヤ人だがナ。そして、殆んどが裕福な家庭で生まれ育っておるんヨ。したがって経済的な苦労とは無縁な人間達で、選ばれしユダヤ人の任務として生まれ持った優秀な頭脳と時間を割いて、「ユダヤ解放」の為の理論の研究と構築に没頭したわけじゃ。

テラダ某:
ふ〜ん、なるほどネ。ところで日本人ではどんなお人達がいらっしゃるんすかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃのぅ、日本人では福本イズムと云われた知る人ぞ知る福本和夫※29が先駆者かのぅ。こ奴はなんでも日本の左翼運動史上、幸徳秋水、大杉栄らにつづく存在らしいぞヨ。ほんで、この福本がフランクフルト学派の思想の日本への初期の紹介者ということじゃ。

テラダ某:
そもそも、フランクフルト学派ッつ〜のはどういう学派なんすかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
これはじゃナ〜、マルクス主義などを基礎にして、批判理論による社会理論や哲学を研究しているグループなんじゃヨ。

テラダ某:
そげナ、小難しいことを言われましても、アッシにはピンときまへんがナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
オー、よしよし、ホンデはもチット解かり易く言うかナ、要するにじゃナ1960年代に世界各地で大学紛争の嵐が巻き起こったじゃろぅ、ホレッ、あの「新左翼運動(ニュー・レフト)」じゃヨ。
あの時代にだナ、左巻きのオツムをした奴等がこの新左翼運動の支柱となる屁理屈・・・、アリャ〜間違った、つまり〜、新しい思想や理論を求めたわけじゃ。その過程で、こ奴らの注目を集めたグループがフランクフルト学派の思想とその理論ちゅうわけヨ。

テラダ某:
他の日本人はいないんすかネ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃのぅ〜、都留重人※30なんかもそれじゃナ。
このお人は、1975年から1985年までA新聞の論説顧問をやっとったぞヨ。それより以前の戦後には、「GHQ」に協力して、そこで働いておったしナ。「GHQ」の中にはアメリカ留学中に知り合った友人達が多数いたらしいしナ。まッ、このお人の門下生も日本の社会の中にケッコウおるじゃろうのぅ〜、潜りのマルキストがナ(苦笑)。あとは、そうじゃナ、憲法学の宮沢俊義とか、民法学の我妻栄といったとこかのぅ。これらの輩はフランクフルト学派の思想の影響を大いに受けた御仁として、日本では令名が高いようじゃナ。
まッ、これらの大学教授の門下生達の思想、つまり何を考えているかなんちゅうのは大体見え見えじゃろうて。ま〜、やはり“マルキスト&モグリスト”ということになるんかのぅ(嘲笑)。
あッそうそう、忘れるところだったが、日本国憲法制定工作に関わったとされるあのエドガートン・ハーバート・ノーマンもフランクフルト学派の学者の一人なんじゃナ。
この御仁は第二次大戦後、アメリカからの要請でカナダ外務省より「GHQ」に出向してのぅ。それでじゃナ〜、このお人はアメリカ上院におけるFBI調査官の証言によって共産主義者との疑いをかけられ、1957年4月4日にカイロで飛び降り自殺を遂げたんじゃヨ。
そんで、最近になってナ、例の「べノナ文書」等の機密解除や当時の関係者の記録などからソ連と繋がりがあったッちゅう疑いが濃厚になっているらしいぞヨ。
ついでにじゃナ、さっきの都留重人じゃが、このノーマンとはハーバード大学時代の学友だそうじゃヨ、で、この都留ちゃんが東西冷戦下の赤狩り(マッカーシズム)が吹き荒れる中で彼がアメリカ留学当時、共産主義者であったことを告白した相手が、彼を取り調べた先程のFBI調査官なんじゃヨ。つまり、この取調べ時の告白が基でノーマンは自殺したわけじゃ。
おまけにもう一つ、この都留重人のハーバード大学留学時の学友で鶴見俊輔ッちゅうのがおるんじゃがのぅ、まッ、この人は哲学者であり政治運動家なんじゃが、フランクフルト学派とは言えないかもナ。ベトナム戦争期には「べ平連(べトナムに平和を市民連合)」の中心的人物として活動しておってナ。
つまり、反戦活動を積極的に行なっていたわけじゃナ。都留重人、丸山眞男らと共に戦後言論界の中心的人物とされておるんヨ。 日本の閉ざされた言論空間のナ・・・・・(失笑)。やっぱし、こ奴もフランクフルト学派の思想に被れた一人かナ。
とにもかくにも、これらの輩たちの門下のイデオローグ、即ち確信的思想犯(笑)や70年安保闘争の全共闘世代の残党が政界、官界、財界、学界、言論界やマスメディアを徘徊し、日本社会の世論誘導や洗脳に一役も二役もかってきたのは、間違いの無いところじゃろうヨ。どちらにしろ「GHQ」御用達の日本のフランクフルト学派の牙城はそぅ〜簡単には揺るぎはせんわい。いわゆる日本の戦後レジュームを形成しているからナ。ところで、テラダ某ヨ、フランクフルト学派と、その思想及びやり口について、少しは理解できたかナ

スターリン:
今のトマス殿のお話を承っていると、いかにマルクス主義が時代の推移とともに変遷してきたか少しは理解できたというものだ。感謝いたす(お惚けで)。
わしもマックス・ウェーバーやルカーチ・ジョルジュくらいまでなら少しはついていけたのだが・・・・・(嘘つけ)。

テラダ某:
アッシの場合、解かったような、解からぬような・・・・・・(苦笑)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
テラダ某はおバカさんじゃからのぅ〜(冷笑)。

テラダ某:
トマスおじさん、“それを言っちゃ〜終め〜ヨ〜” なんでござんすヨ(寅さんにあやかって)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜、悪かったのぅ〜、スマン、スマン。
さてさて、それでは話の続きに入るぞ。日本国憲法を貫くイデオロギーはだナ、インターナショナリズムであり、個人の価値の尊重であり、自由・平等・反戦・・・・等の価値群の肯定や擁護そのものなのでア〜ル。
であるからして、奴等は「地球市民」なぞという言葉を使いだしておるわい。こんな言葉に乗せられるでないぞヨ、十二分に気を付けなされませい

テラダ某:
へッへ〜、恐れ入谷の鬼子母神でゴザル(頭を深く垂れながらかしこまって)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そんでじゃナ〜、そもそもイデオロギーという言葉は、「偽善と欺瞞と悪意と虚偽」が包含されたモノという意味に置き換えられるんじゃ。というのは「マルクス主義」には間違いなく、「偽善や欺瞞や悪意や虚偽」という“バイ菌”が仕組まれておるんじゃ。元々イデオロギーといっても、それは政治的な主張にすぎないしのぅ。それはけっして真実を表す言葉とは限らないぞヨ。というのもじゃナ、祖国を喪失したマルクス以下のユダヤ人にとっては立派な国民性、民族性、すなわち歴史・伝統・文化等に培われた国民性や民族性はユダヤ人にとって抑圧以外の何ものでもなかったのじゃヨ。だからマルクスは、ユダヤ解放のために、そしてユダヤ人が疎外される要素をぶち壊すためにマルクス理論を構築したんじゃ。即ち、ユダヤ解放のためにマルクス主義のロジックの中に巧妙に“バイ菌”を散りばめたのじゃ。
よって、搾取に苦しむプロレタリアートには祖国などは存在せず、故に万国のプロレタリアートは団結しなければならず、女性の解放は社会の全体的解放と共にのみ成し遂げられるのであり、民族ではなくインターナショナルこそが、そして国民ではなく個人や人権の確立こそが教育の目的でなければならず、個人を家族制度の奴隷としてはならず等々・・・・・・・。このように隠され秘められた「マルクス主義」の「偽善・欺瞞・悪意・虚偽」の“バイ菌”がこうした一見、崇高な理想の下に唱えられ、かつ主張されるのが「マルクス主義の特徴」なのでア〜ル。だからこそ、比較的(笑)下手に頭の良い奴らは、コレに皆、騙されてしまうのじゃナ。

テラダ某:
(ポンッと手を叩きながら)、な〜るほど、要するに「マルクス主義の本質」はユダヤ人の解放を願望し熱望する思想体系なのであって、それだからこそ「人間解放」という仮面を被り、実際は「ユダヤ解放」をカモフラージュして「人間解放」という「偽善や欺瞞や擬態」を装っているにすぎないッつ〜わけなんすネ。つまりは、カモフラージュのロジックそのものッつ〜わけッすヨ。
となれば、マルクス主義にどこか何となく漂っている暗示的かつ黙示録的な雰囲気は、決して偶然ではなく、かなり意識的なものということになりまっかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
日本の教科書によくのっている(チョイとばかし載せ過ぎじゃネ〜の)ルソー※31じゃがのぅ、あれもユダヤ人なんじゃがナ。「人民」解放の語り口によって、差別に苦しむユダヤ人同胞の解放のために『社会契約論』や『エミール』を著して気を吐いたんじゃナ。つまり、ユダヤ人のためにガンバッテ書いたんじゃヨ。
日本のオツムが左巻きの輩がルソーを好むのには理由があるんじゃ。フランス革命とロシア革命の違いは、建て前上にしても所詮ブルジョア革命とプロレタリア革命の違いにすぎないし、ルソーの唱える理論の語り口やその本質に共産主義理論と同根の共通点を感じるッちゅう〜側面があるんじゃろぅ。双方とも「ユダヤ人解放のための理論」であるからして当然といえば当然かのぅ。

テラダ某:
そういや〜、ルソーはどこの教科書にも頻繁に登場しますもんネ。でも、ルソーもユダヤ人だったんすか〜、へェ〜。ユダヤ人ッて頭いいッすネ、羨ましいナ〜、ホンマに・・・・。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そのルソーはじゃナ、迫害される自分達ユダヤ人を開放するための思想や思考回路を創造したんヨ。
ルソーの言葉で有名なのが「自然に帰れ」ッちゅうのがあるんじゃが、つまり、歴史・民族・伝統・文化・習俗を捨てろ、というのがこの言葉の実際の意味なんじゃナ。
すなわち、伝統・文化の束縛のない社会に帰れということじゃヨ。なんとなれば、伝統や文化や国民性こそがユダヤ人迫害のまさに元凶とルソーは考えたんヨ。

テラダ某:
そんで、その思想がフランス革命を誘発することになったんすかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ま〜、日本の教科書はみ〜んなフランス革命を誤解しておって、まるで自由・平等の社会の実現を目指した「人間解放」の理想のように説いておるんじゃナ。実にオカシナ話じゃヨ。つまり作為的にそう記述させておるんじゃろぅ。例の奴らがナ(はて、誰のことでしょう)。
とにかく人間一般の開放などは、ルソーが描いたフィクションなのでア〜ル。率直に言わせてもらえば共産主義のプロレタリア独裁も現行の日本の“平和念仏憲法”の主権在民も同じようなフィクションじゃからのぅ。ルソーの言う「人間解放」なる“お題目”の中の「人間」とはユダヤ人のことを指しておるんであり、あのマルクスにしたって同様なんじゃヨ。マルクスも当然ユダヤ人なんじゃが、ユダヤ名はモルディカイといってナ、父親は弁護士だったのヨ。マルクスは貧窮生活の中で『資本論』を著したとされておるんじゃが、これなどはデタラメであり、作られた伝説にすぎないんじゃ。
なんといってもロンドンでのマルクス家の生活は裕福で、今ではメイドが複数いたことが判っているのヨ。
ほんでナ、一人のメイドはマルクスの子供を産むんだナ。そんで、親友のエンゲルスはマルクスの妻であるイエニーの怒りを避けるために、自分の子供ということで認知しておるんじゃヨ。エンゲルスは裕福な実業家だったしナ。マルクスとエンゲルス二人の友情は良く知られているが、エンゲルスを筆頭に世界のユダヤ人社会の援助がマルクス家の生活や活動を支えていたんじゃ。
そして、ちょうどルソーが、約100年くらい前にユダヤ解放に気を吐いていた頃、マルクスの仕事ッちゅうか、ま〜任務は、「ユダヤ人解放の理論」を構築することだったのじゃヨ。
もう、いくらおバカさんのお前さんでもさすがに解ってきたとは思うがナ、それはプロレタリアートの解放という名の下の「人間解放」というやつで、実のところそれは「ユダヤ人解放が仮託された思想」なんじゃもんネ。

テラダ某:
未だに我々日本人は、これを大いに誤解し、錯覚しているわけッすネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そもそも『資本論』は『共産党宣言』の後付けなんじゃナ。『資本論』に漂うあの何とも怪しい(笑)黙示録の雰囲気は、けっして偶然ではな〜いのじゃヨ(ウィンク)。

テラダ某:
おかげさまで得心しましたでんナ〜、ありがとうござんす(素直に)。

スターリン:
わしは、ユダヤ人は嫌いでな、だから、トロツキーなんぞは地獄の果てまで追いかけてでも始末したぞ(薄笑)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
オ〜、怖わ〜、あれは確かメキシコで暗殺したんよのぅ。しかし、執念じゃナ(顔をひきつらせて)。

テラダ某:
無言・・・・・・・(固まって)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おいおい、続きを行くぞヨ、ワシはすぐ脱線するのが悪い癖じゃけんのぅ(反省)。
さて、「GHQ」のピンカーズ(隠れマルキスト)が持ち込んできたマルクス主義のイデオロギー、すなわち「偽善・欺瞞・悪意・虚偽」なるバイ菌を巧妙に忍び込ませて条文化したものが「日本国憲法」に他ならないのじゃが、これらは民法・教育基本法・男女共同参画法・家族・相続・扶養等々から税制に至るまで、戦後の敗戦国日本の骨格や体格を形成してしまったぞナ。
ともかく、「GHQ」のフランクフルト学派、すなわちニュー・ディーラー、つまり隠れマルキスト達は明白かつ恣意的に承知しつつ、「偽善・欺瞞・悪意・虚偽」というバイ菌が注入されたイデオロギーを「日本国憲法」に仕組んだのでア〜ル。
あ〜、そんなこととは露知らず、周りの善意のエピゴーネン(模倣者、亜流)である日本人達はスッカリそのロジックに騙され、共感・共鳴し、挙句の果てに洗脳されて踊らされてしまったわけじゃヨ。
考えてもみんしゃい、もともと日本に反ユダヤの思想など存在したことも無いし、日本にとってはまったく不要な思想なのでア〜ル。
あ〜、それなのに、それなのに、何故にユダヤ解放のためのイデオロギーに影響され、尚かつ呪縛されなければならないんじゃ のぅ、テラダ某ヨ。
日本人は根本から目を覚まさなければいけなかったのにのぅ。そして何よりも70年安保の全共闘世代こそ、実はフランクフルト学派のイデオロギーの発信や洗礼をまともかつストレートに受け、また浴びた世代に他ならないんじゃヨ。そういえば話はチョイと変わるが、つい先だって起きたあの韓国における大規模なデモだが、あれは例の某擬似○○○○教団体と某似非宗教団体の信者が、ギョウサン一緒になって集まって合同し、仕掛けたものらしいぞヨ。あの国もどうなっておるんかのぅ。ありゃ、また脱線したがナ。
とにかくあのマッカーサーの「GHQ」の“隠れマルキスト”とデモばっかやってた全共闘世代の“潜りマルキスト”とが現在に至ってオーバー・ラップしているのを感じるのは、果たしてワシだけなのかいナ。
さてさて、話しを元に戻すとだナ、結局のところ、あのヘルベルト・マルクーゼ※32アントニオ・グラムシ※33などの唱える「構造主義」による「構造改革」によって、日本はスッカリ「構造化」されてしまったんかのぅ(苦笑)。
同和とコリアンとその両棲類と、もちろん、それにプラスしてオツムが左巻きの日本人達やその背後にいる中国共産(狂惨or凶惨)党や朝鮮労働(牢慟)党等々の対日工作によるものかいナ(笑えませんゾ)。

テラダ某:
しかし、ユダヤ人の影響力ッちゅうのはスンゴイもんでんナ〜(憧憬を込めて)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まあ〜ナ、祖国を喪失したユダヤ人にとって生活・生存していく国が、国民や民族同士の生存のための相互の争いの場になるのは至極都合が悪く、また困ることでもある。それには日本のように純度の高い国民性や民族性は邪魔なのであり、また障害にもなるのじゃヨ。
故に、国民性や民族性の破壊は、すなわち民族の歴史・伝統・伝承・言語・文化等々の破壊を実践することに繋がり、さらには嘲笑するように仕向け、独自の、あるいは固有のものを否定し、インターナショナリズム・グローバリズム、つまり普遍主義の称揚や称賛を促すよう仕向けるようになるんじゃナ。つまりじゃナ、祖国喪失以来、流浪・浮き草の民として苦しんできたユダヤ人が生存するための英知・理性・情動は半端ではないのじゃヨ。
元々日本にはユダヤ人はいないし、反ユダヤの感情もないんじゃが・・・・・。被差別民であった日本の同和や朝鮮半島の部落民達と、日本で相互連帯して、ユダヤ人であるマルクスが作った他ならぬマルクス主義の影響を受け、またその思想を利用しようとする気持ちは解かるような気がするのぅ。でもじゃナ・・・・・、ワシにしてもやれ同和がどうのとか、コリアンがこうのとか言いたくないわい。だが、それとこれとは話が違うのじゃヨ。いくら反国家・反日思想が強いからといって戦後のドサクサから今日に至るまで、いくらなんでもやり過ぎだがナ。それもフランクフルト学派の理論(即ち、ユダヤ人のやり口)を利用しつつ巧妙過ぎるくらい巧妙にカモフラージュしてナ。
日本国内にしても大いに問題有りなのじゃが、近隣諸国とのウラの繋がりは大問題じゃ。今でも進行中だが日本は国内でも国外でも喰われッぱなしじゃけんのぅ・・・・・。 そろそろいい加減にしてもらわんとナ。

テラダ某:
ところででんナ、かつて日本はアメリカなどと共同でシベリア出兵をしたんすよネ。高校の教科書などには殆んど載っていますぜ。
しかし何のために日本が出兵したのかは書かれていませんヨ。アッシが調べた限りでは、日本は反共産主義であったからこそ危機を感じて干渉したのであり、アメリカのシベリア出兵は レーニンやトロツキー達への側面支援に他ならなかったらしいんすヨ。
だから、日本軍はアメリカ軍からケッコウな仕打ちを受けたんでござんすネ。つまり、ロシア革命はユダヤ・ロシア・クーデターだったのであり、ロシアのツァ―リズム(帝政) が繰り返して止めないポグロム(皆殺し)に対する止むに止まれぬユダヤ人の情動から起きたのがロシア革命だったことを当時の日本人は誤解してたんすヨ。
そして、その後ロシアでは、反ユダヤの高まりが共産主義と化合するようになったんすネ。
レーニンの死後はトロツキーらユダヤ人は反ユダヤのスタさんから粛清されることになるんすが、どうも日本はこれらの事態の意味がマッタク解っていなかったんすヨ。
だいたいがアメリカやイギリスにしても単純に反共産主義の立場をとったわけではないみたいですぜ。
考えてみりゃ〜、ヒトラーもスタさんも両方とも社会主義者ッすもんネ。要するに“同じ穴の狢(ムジナ)”であり、 日本の過激派の内ゲバのごとく、いわば近親憎悪の成れの果ての喧嘩であり、その結果としての血みどろの独・ソ戦争だったのかも。それにしても日本のシベリア出兵の本当の理由 (わけ)や、あの「尼港事件」での日本人の大虐殺についても、日本の言論界は本当の理由を語りませんネ。ま〜、“潜りマルキスト”としては語りたくないんでしょうけど、 「通州事件」に一脈通じるところがあるんすヨ。それにあの事件では朝鮮人が加害者側に多く加わっていたらしいし、とにかくこの「尼港事件」にしても、 当時の日本国家としての情報の途絶のなれの果てッつぅ〜ことでしょうかネ。

スターリン:
おいおい、テラダ某とやら、随分とハッキリした物言いだな。しかし、“当たらずとも遠からず”だな。
第一次大戦の敗戦国ドイツがロシア革命に続こうとした「ユダヤ・クーデター」は挫折し、ユダヤ共和国そのものとドイツ国民に思われたワイマール共和国はドイツ人に嫌悪されたからな。
ワイマール共和国に対する猛烈な反動によって生まれてきた真性の反ユダヤ主義が、実はナチズムの本当の正体なのだ。
だが、日本はこれすら認識出来ていなかったであろう。故に、あろうことかナチスドイツと同盟したんだろうよ。日本はレーニンやトロツキー達の「ユダヤ・クーデター」の本当の意味すら理解できなかったわけだからな。だから結局日本人は、 マルクス主義を誤解したまま、すなわちその本質を見破れないままにマルキストになった輩が多いんだな。
わしが思うに、政府や軍も含めた一般の日本人達はイデオロギーという言葉を知識としては知っていても、イデオロギーという言葉の中に隠された「偽善・欺瞞・悪意・虚偽」というバイ菌の存在や意味について知らなかったに違いない。
その証拠に戦時中から日本軍部の中の軍人達にしても本当の意味を理解できないままに社会主義に共感し、いつのまにかそれに染まってしまった奴らが大勢いたのだ。戦後多くの日本の軍人が日本共産党に入党したのを見てもそれが解ろうというものである。

テラダ某:
日本人である自分が言うのもオカシイんすが、日本人ッてナイーブッすからネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それは、言えてるかもなぁ〜。ちなみにじゃナ、ゲオルグ・イェリネック※34という法社会学の分野で大きな影響を残しフランクフルト学派形成の基礎を成したと云われる人物がおるんヨ。
彼は1911(明治44)年に他界しているからして、フランクフルト学派ッちゅうわけではないんじゃが、ワイマール共和国時代のドイツ法社会学における指導的な立場のユダヤ人だったそうじゃ。
ほんで、彼の理論の特徴なんじゃが、これはマルクスの国家理論を引っくり返したところにあるんじゃナ。
つまり、「生産関係」たる「下部構造」の破綻から国家などの「上部構造」の瓦解を考えたマルクス流を逆転させて、「上部構造」からの革命理論を始動させたんじゃヨ。
レーニンは『国家と革命』などで革命とは国家権力、つまりは暴力装置の奪取なのだと唱えたのだが、イェリネック達も、つまり現実の革命を展開するにあたって「上部構造からの革命」と理論化したんじゃのぅ。
経済などの「下部構造」の破綻だけでは革命にならないと主張しておるのヨ。
第一次大戦に敗北した後のドイツのおもいっきり破綻した経済状況をよ〜く見ていたからナ。しかしてイェリネックの門下生達は権力奪取とは、「上部構造」固有に関わる問題なのだと考えたんじゃ。そして、だから彼らは法理論上から国家機能を弱体化させる考えに至ったのでア〜ル。
現実のプロレタリアートは古い価値観や文化に縛られており、ブルジョア社会の構成部分としてガッチリと“構造化”されておる、そして構造化とは“文化”化なのであるからして、文化改革にこそ我々は勝利しなければならないと「構造主義的」に理論化したんじゃナ。
マックス・ウエーバーが見抜いたように資本主義社会は、それを生み出したエトスに導かれて生まれたわけであるから、ブルジョア社会なるものはブルジョア社会のエトスが構造化されたものである。
だから、芸術・演劇・映画・音楽・教育・新聞・雑誌・メディア等のあらゆる分野、すなわちそれらの陣地・拠点こそが上から下への革命に勝利するためのプロセスなのである。
我々は、対抗文化(カウンター・カルチャー)における勝利者になるために自己を高めなければならないと考え、このことが勝利(革命成功)への道なのだ・・・・・と、例えばアントニオ・グラムシやチャールズ・ライクらが唱えたんじゃヨ。
そして、この世の善悪・美醜・価値一般の基準などというものは本来ありえないのであり、文化(カルチャー)の世界の支配者は変革者たる者達のルールで変革されるべきであるという思考世界を成立させちまったわけじゃナ。
結局のところ、左翼が文化言語を創造し、文化や芸術は左翼世界の専売特許であり、独壇場ともなっていったのじゃ。
美術も文学も音楽・演劇も映像・教育にしても“「保守」は創造性が無く、感性も無い遅れている人々”という扱いを受けるようになったのじゃヨ。

テラダ某
はは〜ん、思い当たる節がありますネ〜。解り易く言や〜、いわゆる進歩的文化人とか進歩的言論人とか進歩的政治家や前衛芸術家達の御登場と相成ったのはそれッすか〜(目からウロコ)。
そう言や〜、リベラルなんちゅう言葉もそれにあたりやすネ〜。その言葉によって左翼のレッテルを隠蔽し、進歩的政治家をイメージさせられますからネ。ッたく、本来のリベラルとは違った意味の使い方をしやがって。ついでに、伝統とか古い物を徹底的にバカにし、正直者さえもバカにしますよネ。そして家族や親に対しても反抗的ッちゅう特徴があったりしますよネ。
なんで〜、これってフランクフルト学派の思想の影響だったんだ。しかも、日本の“擬装した潜りマルキスト達”の巧妙な世論誘導や洗脳のおかげでアッシらは個々に無自覚のうちに知らず知らず彼等の術中に嵌っていったわけッすネ。
となると、世界においては、例のアメリカのウーマン・リブ運動なども現在の“日本のジェンダー・フリーや男女共同参画法”などと繋がるモノがあるかもネ。
かつての中国における文化大革命の中での“批林批孔”や最近では、アフガニスタンにおけるタリバンによるバーミヤン遺跡の爆破等の“偶像破壊”もその一環ということになりまんナ。
もっとハッキリ言や〜、保守の人々を芸術音痴、文化音痴、そして時代遅れの価値観を持つ古臭い人間と蔑(さげす)みますよネ。そして、いつのまにか我々日本人はこの絶え間ない情報操作によって、その風潮に染まっちまったわけッすネ、クッソ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
もう一つは蒋さんがソ連による日本の分割占領を阻止したという神話であるぞ。1945年8月16日にスターリンはアメリカのトルーマン大統領に電報を送り、ヤルタ協定(密約)に基づいてソ連軍が北海道と千島列島を占領するという意思を伝えたのじゃ。しかしその二日後、トルーマンはスターリンに以下のような解答をしておるぞヨ。
「ソ連が全千島列島を占領することには同意する。しかしながら北海道と本州、四国、九州はマッカーサー元帥が占領する」とな・・・・・。
そもそもこの話はヤルタ会談※31にまでさかのぼらなければならないのじゃ。まず、このヤルタの密約では蒋さんは欠席していたのだナ。つまりルーズベルトとチャーチル、スターリンの三者会談だったわけじゃ。その時、チャーチルはスターリンに「あなたが満州の関東軍を制して、それで東京で握手をしませんか」という社交辞令を言ったらしいのじゃ。するとその時にスターリンが「やります」と言ったのだとか。更にスターリンいわく「日本の占領は100年の夢だから・・・・」とネ。
それにスターリンからすれば日露戦争の復讐も絡んでいただろうしナ。スターリンはヤルタ会談で“満州を日本に侵略された”と言っていたくらいじゃからのぅ。きっと、あの露清密約※32以来、満州はロシア、いやソ連のものと思っていたのじゃろうナ。
ところでアメリカやイギリスとしてはヨーロッパでは一足先にベルリンにソ連軍が入ってしまったので、あのベルリンが真っ二つになってしまったのじゃ。そういう苦い経験がチャーチルら連合軍側にはあるわけなのじゃナ。だから日本の占領はアメリカとイギリスとオーストラリアでソ連抜きの占領を目指していたわけじゃ。スターリンにしてもベルリン攻略までに、ソ連は色々な軍需資材を使い果たしていたわけじゃヨ。
例えば満州を占領するにもシベリアに送る物資や軍隊の輸送に使うトラックが大幅に足りなかったのじゃナ。そして日本本土上陸に使用する上陸用舟艇もぜんぜん無いのヨ。だからトラック1万台と上陸用舟艇をアメリカに要望したのじゃ。それで結局ソ連軍は、そのトラックに乗って満州に進駐したわけなのだ。
だから満州からの日本の引き揚げ者達によれば、見たところあれはアメリカ製のトラックだったと皆が言っておるのヨ。本当はヤルタ会談においては、日本本土上陸をルーズベルトからスターリンに要請し、アメリカは日本上陸用の舟艇をソ連に送ることになっていたわけなのじゃが、ルーズベルトはアメリカに帰って1週間後に亡くなってしまったのだナ。
そしてその後、副大統領のトルーマンが大統領になったのじゃ。するとチャーチルはトルーマンと打ち合わせして舟艇をソ連に送るなと言ったらしいのじゃ。ソ連に日本上陸をされたら困る。だからソ連を満州に釘付けにしてアメリカとイギリスで日本の占領をやろうということで二人の話が決まったのじゃナ。
まッ、そういうことでアメリカはスターリンに上陸用舟艇を一切送らなかったのじゃ。ソ連としては満州に進攻し満州と朝鮮との国境の鴨緑江(おうりょくこう)のところまで進出し、ソ連軍の一部は北朝鮮の日本海に面した地点まで入ってきていたのじゃ。そして千島方面に進出し、船をつけて上陸したものの、やはり北海道を狙いたいのだナ。だが北海道ともなれば日本本土でもあるから、そこには強力な日本軍がいるわけじゃヨ。さすればソ連としては相当規模の大軍を上陸させねばならないわけじゃ。すると、それには相当数の上陸用舟艇が必要であるぞなもし。しかし、それだけの上陸用舟艇がなかったので北海道への上陸はストップしたっちゅうわけヨ。スターリンは北海道を占領しようとしてアメリカとイギリスに対して大分ゴネたらしいが北海道に上陸するための舟艇がないので上陸できなかったのじゃ。
ヤルタ会談でチャーチルとルーズベルトがスターリンに約束したのに、実際はとうとうトラックだけしか送らなかったのヨ。スターリンは「一杯喰った」と言っていたそうナ。
要するに大統領がトルーマンに代わって、急にアメリカが方針を転換し、上陸用の舟艇がソ連に送られなかったことが北海道をソ連に占領されなくて済んだ本当の理由であり、蒋介石クンのおかげでも何でもないっちゅう〜ことなのヨ(またまた出ました長広舌)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お前さんも、まるっきしのおバカさんでもないらしいのぅ。

スターリン:
しかしながら、わしの狙いは図に当たっているな。

テラダ某:
えッ、どういう意味ッすか〜(怪訝な顔をして)

スターリン:
ムッフッフ、後で解るだろうよ。わしの本性がな・・・・・(思わせぶりに)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
フッフフフ、テラダ某ヨ、まだ内緒じゃヨ・・・・・。

テラダ某:
しかし、お二人ともイヤ〜ナ感じでんナ〜、何すかそれって〜(怪訝な顔で)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
(惚けながら)はてさて、敗戦直後から日本は、マッカーサーが知らずに連れてきた(笑えない)大量の隠れマルキスト達が「GHQ」の権力を利用し、日本の国家的解体を企画したわけでア〜ル。
辣腕を振るった民生局のケーディスも隠れマルキストだったしナ。そして、それに戦前・戦中に潜伏していた大量の日本人マルキスト達が合流したのじゃ。
擬似日本人代議士達も同和やコリアンの財界人、学者も、そしてそれらに支配されたマスコミも、さらには同和やコリアンのマル暴のヤっちゃん、新興のカルト教団体も含めて、み〜んなが戦後の無秩序なドサクサに付け込み紛れ込んでナ。
「GHQ」のパージによって総計すると30万人近いそれぞれ各界の枢要な地位を占めていた日本人が追放されたのをいいことに、その後を襲った奴らがギョウサンおったんじゃナ。
そんでなぁ〜、フランクフルト学派と称される日本の思想集団、つまり潜りマルキスト集団が「WGIP(ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」よろしく「GHQ」の隠れマルキスト達と協力して「日本国憲法」や「教育基本法」、それに「民法」、「家族法」、「税制」に至るまで徹底して現在の日本の背骨や骨格を形成してしまったのである。
夫婦別姓とか、ジェンダー・フリーとか、長子相続の廃止とか、過激な性教育とか、これらは総てその賜物なのであるがナ。
それから幾十年経過した結果が今の日本の姿なのであるぞヨ(テラダ某を諭すように)。

テラダ某:
いや〜、これって大変なことッすヨ。そんで、これの片棒を担いできたのがアッシと同じ“団塊世代”、すなわち全共闘世代ッちゅうことになりまっかネ。
ナルホド、「GHQ」の“ピンカーズ(隠れマルキスト)”や、それに協力した“日本国内の潜りマルキスト”達と、その門下生である“ムードに流されやすい全共闘世代の被(かぶ)れマルキスト”達がオーバー・ラップするッて〜のはまさにこのことでんナ〜。特にあっしの世代は実感として感じまんがナ。

スターリン:
テラダ某とやら、今頃気付いても遅いのではないかな そうであろう、トマス殿。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
(何故か、スタさんの挑発を無視して)そんで、まだ続きがあるんじゃがナ。要するに、日本の「天皇制限主権論」、いわゆる美濃部達吉の「天皇機関説」に影響を与えた『一般国家学』を著したゲオルグ・イェリネックの国家学というのはユダヤ法学であるからして、国民や国家観念の解体なる思想を包み隠したエトスや思考基盤が注入されているのは、“あたり前田のクラッカー(超〜古ぅ〜)”ッちゅうことになるねん。
ストレートに言えばだナ、観念なんちゅうものは砂上の楼閣みたいなもんで、単なる表象にすぎないということじゃナ。
ということは、国家なんて「幻想的共同体」にすぎず、個人は古い価値観に縛られ、結局は国民もそれに縛られているものであるから、古い価値観や伝統・文化からの解放のためにそれらによって縛られているものを止揚するための「批判理論」を「対自的」に獲得し、構築しなければならない・・・・。というようなマルクスから発信された用語をマルクーゼが使ってこの小難しい欺瞞のキーワードを散りばめたわけじゃ。
ほんでナ、マルクーゼやグラムシやルカーチらは、プロレタリアートは従来の生活の中でドンドン古い価値観や文化に牢固として縛られておる。したがって、マルクスが予想した如き生産関係と生産力の矛盾からくる総体の破綻は「下部構造」からは起きないし、自然的にも発生しないものなのだ。
故に、真のマルキストならば「批判理論」を確立し、「上部構造からの革命」に着手しなければならないのである。と、ま〜、かくの如く、のたまわったのヨ。
ぶっちゃけた話、個人の意識改革への努力は総体としてのブルジョワ社会を解体する第一歩に繋がるッちゅうことじゃヨ。 ふ〜ッ・・・・、あ〜チカレタビ〜(やっぱし古〜)。
やれやれ話しているワシも何を話しているか解らなくなってきおったわい(苦笑)。
ま〜、以上の理論でマルクス主義について大した知識も無いくせにアッサリと擬似洗脳されちまった最初の頃の過激派諸君、つまり“ムードに流されやすい全共闘世代の被(かぶ)れマルキスト”達には人気沸騰で、この理論は彼らには大うけしちゃった挙句に、大暴れされることに繋がったんじゃわナ。要するに当時のトレンドであり、屁理屈こいてりゃ〜ケッコウ女にモテタのヨ(失笑)。
だいたいが、マルクス主義などというものは経済学ではないし、社会科学でもない。まッ、ある仮説に基づいて社会改革を志向する、社会学の一分野にすぎないのじゃヨ(白けて)。

テラダ某:
そういえば、アッシもあの頃、野次馬根性でデモに参加したもんネ(失笑)。

スターリン:
テラダ某は、マルクス主義にかぶれなかったのかな

テラダ某:
アッシの場合、トマスおじさんが言うようにおバカさんなもんすから、小難しい理論はマッタク受け付けないんすヨ。あ〜アホでよかった〜。

スターリン:
ナルホドな、どう見てもインテリゲンチャには見えんな・・・・・・・(蔑笑)。

テラダ某:
喜んでいいんだか、悲しんでいいんだか、 何だか複雑な心境でんナ〜、トホホ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ユダヤ人が先程からギョウサン御登場していることじゃけん、ついでにユダヤ人と日本との関係についても少しばかり語るかのぅ。
日本人の弱点は、国際的な視点から歴史を見ないことだと思うんじゃが、この国際的視点というのはユダヤ人の視点に学ぶということでもあるんじゃヨ。何故ならばユダヤ社会というものは、ワン・ワールドのグローバリズムに立脚していることにあるからなのじゃ。
ユダヤ人達の中で祖国を希求する一派をシオニストというんじゃが、イスラエルはユダヤの「国」には相違ないが、ユダヤ人の「祖国」ではないのだヨ。
日本人にはチィ〜とばかし解りにくいかもしれんが、ユダヤ人というのは人種でもなければ民族でもないのじゃナ。ワン・ワールド社会がユダヤ人社会ということなのじゃ。
そうそう、ちなみにユダヤ人であるレーニンはシオニストではなく、むしろ逆に強烈な反シオニストだったんじゃヨ。

テラダ某:
へ〜ッ、それは初耳でんナ〜。

スターリン:
その通り、であればこそ、奴は世界革命を目指したのだ。

テラダ某:
でも、スタさんは「一国社会主義論者」でしょ。

スターリン:
わしの場合は、ソ連邦本体とその周辺の衛星国(属国)を確保できればそれでよいという考えだ。もっともそのロジックから言えば、テラダ某の住んでいる日本は地理的に見ても、わしから見れば衛星国(属国)にするにはドンピシャということになるな(薄笑)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
なるほど、ウンウン、そういうことか、それでじゃナ〜、日本人とユダヤ人との関わりについてなんじゃが、あの杉原千畝はユダヤ人達に比較的知られていると思うんじゃがナ・・・・・。実は1938(昭和13)年12月6日、日本は五相会議において、いわゆるA級戦犯(笑)とされたあの板垣征四郎陸軍大臣の提案により、“八紘一宇”の精神からユダヤ人を排除しないことを政府決定したのでア〜ル。
そして、満州にユダヤ人を受け入れたのがハルピン特務機関の樋口季一郎陸軍少将なんじゃヨ。そしてそれを追認したのが、当時の関東軍参謀長の、またまた同じくいわゆるA級戦犯(笑)とされたあの東条英機であったのじゃナ。

テラダ某:
つまり、当時の日本の国策は「ユダヤ人保護」だったということッすネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
実は1938年、五千から二万人のユダヤ人達がナチスからの迫害を逃れて、ソ連から満州国の国境沿いにある、シベリア鉄道のオトポール駅まで避難してきていたんじゃヨ。
だが、彼らユダヤ人達は亡命先に辿り着くために通過しなければならない満州国への入国許可証が出ず、足止めをくらっていたんじゃ。樋口少将はこの惨状を見かねて、ユダヤ人に対して、部下であった安江仙弘陸軍大佐らと共に即日、給食と衣類や燃料の配給、そして要救護者への加療を実施したのヨ。
さらには、こう着状態にあった出国斡旋、満州国内への入植斡旋、希望者は上海租界への移動の斡旋等を行ったんじゃナ。これを世に「オトポール事件」というんじゃが・・・・・・。
樋口少将は「彼らの何千人もが列を作って、満州里駅西方のオトポールに詰めかけ入満を希望した」と書き記しているナ。これにさかのぼる1937年12月26日、第一回極東ユダヤ人大会が開かれた際に、関東軍の認可の下で、三日間の予定で開催された同大会に、陸軍は「ユダヤ通」の安江仙弘陸軍大佐を始め、当時ハルピン陸軍特務機関長を務めていた樋口少将らを派遣したのじゃ。
この席で樋口少将は、前年に日独防共協定を締結したばかりの同盟国であるヒトラーのナチス・ドイツの反ユダヤ政策を間接的に激しく批判する祝辞を行い、列席したユダヤ人達の喝采を浴びたんじゃヨ。
これを知ったドイツ外相のヨアヒム・フォン・リッべントロップは、駐日ドイツ全権大使を通じてすぐさま抗議したが、上司にあたる関東軍参謀長東条英機が樋口少将を擁護したんじゃナ。
そしてドイツ側もそれ以上の強行な態度に出なかったために、事なきを得ることになったんヨ。この樋口少将は、その後、1942(昭和17)年8月20日、札幌に司令部を置く北部軍(後に北方軍・第五方面軍と改称)司令官として北東太平洋陸軍作戦を指揮することになったのじゃヨ。
アッツ島玉砕、キスカ島撤退、敗戦後の占守(しゅむしゅ)島、樺太における戦闘を指揮し、占守島の戦いではソ連軍千島侵攻部隊に大打撃を与えて、ソ連による北海道占領、つまり戦後の日本分割を阻止する一助となったのじゃ。
そのために、その後スタさんはナ、報復として樋口を「戦犯」に指名したのヨ。ところが、世界ユダヤ協会はいち早くこの動きを察知したんじゃナ。そして、世界中のユダヤ人コミュニティーを動かして、在欧米のユダヤ人金融家によるロビー活動を始めたんヨ。
世界的な規模で樋口救済活動が展開された結果、ダグラス・マッカーサーは、ソ連からの引渡し要請をキッパリと拒否して樋口の身柄を保護したのでア〜ル。
ちなみに、このお人は、あの2・26事件を起こした青年将校らとは懇意で、武力に訴えて行動を起こすことを諌(いさ)めていたらしいのじゃ。
さらに、統制派の永田鉄山軍務局長を斬殺した「相沢事件」が起きた時、樋口は皇道派の相沢三郎の直接の上司だったそうじゃ。

テラダ某:
しかし、スタさんは何で樋口少将を戦犯に指名したんすか

スターリン:
我輩はとにかく執念深いのだよ。グフッ。樋口は千島の占守島で、我がソ連軍に大打撃を与えたのだ。つまり、わしに大恥をかかせたことになる。だから、その仕返しということだな。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そんでもナ〜、ユダヤ人救済についてはその功績が長く伝えられているが、旧日本軍の軍人であったこともあってか、文官の杉原千畝とは異なり、表だって宣伝されたことはないんじゃヨ。
何故ならば、ユダヤ人難民救済を実質的に指揮したのは、当時関東軍参謀長であった東条英機であり、同時期に南満州鉄道の総裁だった松岡洋右も難民救済に一役かっていたんじゃナ。
したがって、樋口の功績に言及することは、またまたのまた、いわゆるA級戦犯(笑)と称される東条、松岡の評価論にも繋がッちゃうんじゃヨ。であるが故に「旧軍の関係者であるから評価すべきではない」、あるいは「あれは河豚(ふぐ)計画の一環だったからこそ行われた」とする主張と、是々非々で評価すべきであるという主張とに真っ二つに分かれて評価が定まらないらしいのヨ。現代の日本及び近隣諸国では、前者の意見が未だ見られるためらしいわな・・・・・。残念至極じゃのぅ。
とはいうものの、イスラエルにおいては、第二次大戦後イスラエル建国功労者として安江仙弘と共に「黄金の碑(ゴールデン・ブック)」に「偉大なる人道主義者 GENERAL HIGUCHI」と名前が刻印され、その功績が長く顕彰されることになったんじゃ。

テラダ某:
これで、このお二人も少しは救われるッつ〜もんすネ。しかし、日本の左翼支配の利権構造による「閉ざされた言語(言論)空間」がそうさせているんでしょうかネ・・・・・

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まッその通りじゃろうナ、奴ら(さて、誰のことでしょう)は認めたくはないがナ。どちらにしろ日本人はもっと樋口季一郎少将や東条英機関東軍参謀長のことをユダヤ人世界に知ってもらうことが大切だと思うぞヨ・・・・。 
のぅ、テラダ某ヨ。

テラダ某:
そういや〜、日本人は肝心なところで口が足らんですもんネ、だから損するんすよネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ホンデじゃナ、話は変わるが、シオンの丘、すなわち“パレスチナに帰ろう”という運動をシオニズムと呼ぶんじゃが、そのキッカケはあのユダヤ人弾圧事件として有名なフランスのユダヤ人差別の典型的な例である「ドレフュス事件※35」に際して、テオドール・ヘルツル博士達が提唱したユダヤ人の「ナショナル・ホーム建国運動」により始まったものであるんヨ。

テラダ某:
ほ〜ッ、そのキッカケについても初耳でんナ〜、色々勉強になります。日本人はホントにユダヤ世界やユダヤ人について不案内すぎますよネ。あっしもこれからは、もう少し勉強しなくッちゃ〜いけませんネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それでナ、ユダヤ人については、も少し続くんじゃが、日本は日露戦争に勝利したあの時、満州国境に追い立てられるように集まって来ていたユダヤ人の大群についての分析が出来ていたら、かつまたアメリカが日露戦争で日本を支援した本質について解析が出来ていれば、あの昭和の大敗北はなかったかもナ。当時はのぅ、最も多数のユダヤ人が住む国がロシアだったんヨ。んで、このロシアと日本が戦ったわけヨ。
とにかくロシアのツァーリズム(帝政)は、ユダヤ人を過酷に迫害していたんじゃナ。
あの時逃げて来たユダヤ人は満州に接して「自治区」を形成し、満州移住を熱望していたんじゃ。そこに、あの桂・ハリマン協定の全面破棄が通告されたのじゃヨ。マッタクのぅ〜、あれはマズカッタぞヨ。もしかして、ユダヤ人も参加した五族ならぬ六族協和による満州国の建国もあり得たかも知れんのにナ(微笑)。
後付になってしまうのを承知で言わしてもらうならば、日本人はユダヤ人と日露戦争以後連帯すべきだったのじゃヨ。その理由として、一つは日本の国益のためじゃナ。もう一つは人間としての連帯じゃヨ。
人種差別の無念さは、日本に住んでいる日本人には、なかなかその痛みが解らないじゃろうが、ユダヤ人には痛いほど解るはずじゃ。ユダヤ人には祖国がないからのぅ〜。彼らは祖国喪失以来約2000年間を“浮き草の民”として生き抜いてきたんじゃヨ。彼らユダヤ人の生存するための意志の力や知恵、そして情動について日本人は真摯に学ぶべきであると思うぞヨ。

スターリン:
わしは日露戦争の敗北も忘れておらんぞ。だから「日ソ中立条約」を反故にして満州へ侵攻した理由の一つは、日本への復讐のためでもある。とにかくわしは執念深いのだ。

テラダ某:
ッたく〜、蒋介石大総統殿、ありゃ〜違った、「老子」さんの「以徳報怨」の精神を少しくらい見習ったらどうでんねん

トマスおじさん(トマス・H・モア):
さてと、ここで以上述べてきたようなことを背景にした上で日本の近・現代史についてチョイと触れて見ようぞ。前回話した支那事変の拡大とコミンテルンとの関わりについてじゃがナ、あれは実はコミンテルンの指示によって中国共産党が戦争を拡大したんじゃが、その共犯者は間違いなく日本の中にいたわけヨ。つまり「日本の革命」を企画したグループなんじゃがのぅ。
このグループの特徴は盧溝橋事件が支那事変の発端じゃと言うんじゃヨ、そして西安事件にはぜんぜん触れないんじゃナ。何故かッちゅうと、そのことが戦後日本の言論界の一大利権構造に関わることだからじゃ。つまり西安事件の解明こそが大東亜戦争のみならず、第二次大戦の本質に関わる、歴史の解明に欠かせぬ要素なんじゃヨ。
このグループは支那事変を大東亜戦争に繋げることには大成功したのじゃが、本来の最終目的である「日本の革命、ソ連の属国化」には失敗したんじゃ。
すなわち、日本が「ポツダム宣言」を予想より早く受け入れて降伏したのも、1945年4月12日にフランクリン・ルーズベルト大統領が急死して後任のトルーマン大統領が、ルーズベルトの戦略を大きく転換したのも実は大誤算だったのじゃヨ。
戦後の日本には、盧溝橋事件や西安事件の真相が明らかになることを恐れる大勢力が存在したんじゃ。
そして、現に、彼らは今日に至るまで、日本の言論界と思考制度を支配し続けているのじゃナ。

<例えば、戦後日本の社会を支配している思考制度の一例としては>
◇日本は中国を侵略した。
◇あの侵略戦争は日本の軍閥と軍国主義のせいだ。
◇日本人民は軍国主義の被害者だ。

<もう一例を挙げれば>
◇私は(我々は)戦争反対だった、そして今も私は(我々は)平和主義である。
以上のように語る人間はその大きなグループの一員であるか、その人間達が形成した言論支配の被害者に間違いないぞヨ。

テラダ某:
そう言や〜、未だに“耳にタコができる”ほどよく聞くフレーズでっせ。特に中国共産党さんからネ(笑)。
日本との外交に際しては、そのフレーズはもはや“お題目”にしてまんがナ。それに、となると日本の代議士達は自虐史観の持ち主達がほとんどッつ〜ことになりますぜ。噂によれば中国人のDNAが入っているらしい、あの現在農水大臣で、元防衛大臣のI・Sも含めてネ。 ッたく〜、涙がチョチョ切れますぜ、ホンマに〜(絶望)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃろぅ、そうじゃろぅ。そんでじゃナ第二次大戦を企画したのは、あのヒトラーや日本の軍国主義であるッちゅう思考制度が日本では定番となっておるじゃろうて。
この思考制度によれば、毛沢東やスタさんやルーズベルトらの責任が日本ではマッタクといっていいほど論じられてきておらんのじゃヨ。
テラダ某よ、あの大戦では数千万人が死んだじゃろうそれほどに大規模な厄災を敗者に総て負わせるという思考パターンを、そのグループが構築した思考制度によっていつまでも支え、それを維持するなんてことは不可能だと考えるのが、いたって常識的というものじゃろうヨ。
だってのぅ、日本では、毛沢東やスタさんやルーズベルトの戦争責任を問う人が、何故マッタクいないのか 不思議だとは思わんかネテラダ某ヨ。

テラダ某:
それはトマスおじさんの言う例のグループ、つまりある種の複数のイデオロギーで結びつく現在の巨大な利権構造の拠って立つ土台であり、その基礎を成す日本罪悪史観の思考制度を構築し、頑迷に守るグループが存在するからッすよネ。

スターリン:
グフッ、グフッ、先程から黙って聞いておるのだが、段々と徐々に核心に迫りつつあるのではないか(薄笑)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そもそもスタさんは、コミンテルンに指示を出し、毛沢東の中国共産党をして、蒋介石を対日戦遂行の駒にしたわけじゃ。スタさんのコミンテルンと中国共産党は、蒋介石の国民党と日本の戦争の実現を強く望んでいたんじゃ。それに1932(昭和7)年4月26日には、中国共産党と中華ソビエト政府は「対日宣戦布告文」、そしてさらに1934(昭和9)年には、「対日作戦宣言」と「対日作戦基本綱領」を発表していたのじゃ。
つまりじゃナ、毛沢東の中国共産党は、盧溝橋事件の5年も前から日本と中国共産党との戦争を宣言していたことになるのヨ、日本から仕掛けてもいないのにナ。おかしいと思うじゃろうが、まッ、これにはウラがあるんじゃがナ。ところで日本と中国の運命に深〜く関わるのが、1928(昭和3)年のコミンテルン第六回大会の決定事項であるんじゃ。その主な方針は以下の三つであるぞヨ。

◇自国の敗北を助成すること。
◇帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること。
◇戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること。

そして、次の1935(昭和10)年のコミンテルン第七回大会では、さらに「人民戦線戦術」を決議して共産党は表に出ずに「民主勢力を利用して、反ファシズム人民戦線(フロント)を結成する」という戦術に全力をあげることにしたのじゃヨ。

スターリン:
しかし、トマス殿はほとんどお見通しだな。では、そろそろわしの出番かな・・・・・・。グフッ、グフッ。
このコミンテルン決議以来、全世界の共産主義者達は一斉にフロントに潜ったのだ。つまり、共産主義者の姿が消えたのである。
解り易く言えば、敵は共産主義者か自由主義者かの区別がつかなくなったのだ。そういえばあの尾崎秀実とゾルゲ・グループの結成にしても1934(昭和9)年である。当然、日本でも一斉に各種のフロントが作られたのだ。盧溝橋事件が発生した時の日本の首相は近衛文麿だが、近衛の顧問は首相官邸に一室を構えていたブレーンの尾崎秀実であった。しかも、近衛内閣の内閣書記官長(現在の官房長官に相当)は尾崎の影のタワーリシチ(同志)である風見章だったしな。
いかに近衛内閣の内実が悲惨だったか、今となっては、いかにおバカさん(笑)のテラダ某でも解かるであろう。

テラダ某:
どうせアッシはおバカさんですがネ・・・・。でも、バカもいないと世の中変わりゃ〜しやせんぜ(ムッとして)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まあまあ、そうふて腐れんと・・・。さてところで、もう一度言うがのぅ、盧溝橋事件を始め、支那事変拡大を目論見、仕組んだのは世界共産党参謀本部であるコミンテルン(中国共産党はその支部)であり、その指示にしたがった毛沢東の中国共産党にまんまと乗せられちまったんじゃヨ。
ということで、中国共産党はもちろんのこと、日本の言論界も未だに西安事件については、その真実を伝えていないのじゃ。“日本の閉ざされた言論界”と言い換えるべきかナ(冷笑)。

スターリン:
共産主義者が持っている、あまり大きな声では言えない一つのテーゼがある。これは“砕氷船のテーゼ”として知る人ぞ知るらしいが・・・・・・。それはだな「砕氷は砕氷船にやらせて、大洋に出たら砕氷船は撃沈すればよい」というテーゼである・・・・・(薄笑)。

テラダ某:
ほ〜ッ・・・・・・(息をこらして聞き入る)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
さぞかし蒋介石は、砕氷船として中国共産党に高く評価されているんじゃろうなぁ。

スターリン:
もちろん日本もな。なにせ、先ほど言ったように、日本の中の各種のフロントに目いっぱい支那事変の拡大を煽らせたからな。あの毛沢東が腹の中はともかく、わしに頭が上がらなかったのは当然といえば当然のことなのである。

テラダ某:
う〜んッ、・・・・・・(呆然)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
しテラダ某よ、支那事変の拡大はコミンテルン、すなわちスタさんの利害とまったくもって一致するものだったのじゃ。
その証拠に、あの尾崎秀実は戦時中、もっぱら支那事変の中途半端な収拾を否定する論文を書きまくっておったじゃろぅ。

スターリン:
テラダ某とやら、尾崎秀実がかつて在籍したA新聞が、どこの新聞よりも、それ行けドンドンと支那事変を煽っていた理由が解かるだろう。要するにA新聞自体も既にコミンテルンの“潜りマルキスト”達にだいぶ汚染されていたわけであり、何も戦後になってコロッと転向したわけではないのだ。その証拠にだな、アメリカの占領軍が日本にやって来た時にA新聞は「GHQ」の“隠れマルキスト”達と一緒になって、嬉々としてあのケーディスら民生局による占領政策に大いに協力したわけだ。しかしながら、忘れてもらっては困るのだが、“平和念仏憲法”制定に関わったあいつらはわしのスパイだったのだよ。けっしてアメリカ政府が送りこんだスパイではないのだ。あのハーバート・ノーマンのようにな。そしてA新聞は未だに真実を隠蔽しておる、無理もないであろう。ま〜ッ、今ではわしの見るところ、あの新聞は完全に中国共産党の対日宣伝工作機関であり、かつまた日本国内に於ける「情報収集機関」そのものといったところかな(冷笑)。
そして、もはやM新聞もおそらく同類項であろう(薄笑)。

テラダ某:
もうッ、アッシャ〜、A新聞を読むの止めたもんネ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
これこれ、おとなげないことを言うでないぞヨ。核心についてはこれからじゃて。

テラダ某:
あッ、そうか〜(シャキッとして)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
実はだナ、前回話した例の“上陸用舟艇をアメリカが送ってくれなかったのでソ連軍が北海道に上陸できなかった”ッちゅう話をしたのを覚えておるかナ

テラダ某:
ヘイッ、いくらおバカのあっしでもそれくらいは覚えてまんがな〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それが、実は本当はその続きがあってのぅ〜、それがまたメッチャスッゴ〜イ話なんじゃヨ。いや、何、さしものリチウム・イオン電池も前回では切れかかったんで、残りの話はしょうがなく今回まで取っておいたんじゃがのぅ。

テラダ某:
へ〜ッ、それってどこぞのお人から聞いたんでっか

トマスおじさん(トマス・H・モア):
要〜するにだナ、前回、蒋介石大総統殿(笑)をお連れするにあたってじゃナ、蒋ちゃんが現世に御降臨する前に地獄界の場合は、あの閻魔大王が事前にミーティングをする慣わしになっておるんじゃヨ。

テラダ某:
それは何ででっかネ〜(素朴な疑問)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それはじゃナ、閻魔大王に言われてワシもナットクしたのじゃが、地獄界の住人はユウレイ界と違ってのぅ〜、半端ではない極悪人が多いらしいんじゃナ。大王が事前にしっかりとレクチャーしてからでないと現世にいってから何をするか解からんらしいのヨ。オオ〜、怖わ〜。
まッ、天国からユウレイ界の住人を連れてくるのとは、わけが違うッてこっちゃナ。ホンデな、ワシャ〜大王が蒋介石ちゃんをレクチャーしてる間に1時間近く待たされたんヨ。したら、そのときに話しかけてきたオッサンがいたんじゃヨ。
そんでな、その時の続きの話というのがナ、あまりに途方もない話なんでビックラこいてしまったんじゃヨ。
それに、とっても一概に信用できる話じゃないんでナ、ワシとしても本当かどうかスタさんに確認しようかと思うてナ。そんで、閻魔大王にスタさんを現世にお連れする許可を得るために地獄界に出向いたというわけじゃヨ。
そんでじゃナ、前回の上陸用舟艇の話は、現世に来る道中でスタさんに聞いてきたんじゃが、総て本当だと言うんよ。ということは残りの話も本当の話だということになるんじゃろうがナ、お前さんの真ん前で証言していただこうと思うてナ・・・・・・・・。な〜、スタさんヨ。

スターリン:
トマス殿の言う通りだよ、閻魔大王にもくれぐれも正直に話せと言われてきたのでな。
しかし、あ奴はしゃべりおったか、地獄界に戻ったら、文句を言わなければいかんな。マッタク余計な仕事を作りおって。

テラダ某:
それって、いったい誰ッすか〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それがのぅ〜、何でも確か松本治一郎とか言っておったわい。

テラダ某:
あっしも聞いたことがあるような無いような・・・・・(うろ覚えで)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ホンデ、ワシもユウレイ界で色々とウラを取ってみたんじゃヨ。ほしたらのぅ、地獄界だけでなくユウレイ界でもケッコウ名が知られておったわい。それによるとだナ、生まれは1887年6月18日で地獄界に来たのは1966年12月22日だそうじゃ。
それでナ、福岡県出身で政治家であり実業家であったそうじゃヨ。ホンデ〜、部落解放運動を草創期から指導した部落解放の父と呼ばれた御仁じゃ。
そして1907年ちゅうから二十歳になるかならないかの時に中国の大連に渡って、何と大道易者や偽医者として生計を立てておったそうじゃヨ。
二十歳といや〜社会人としてはまだ若造じゃろう。しかし無鉄砲じゃのぅ〜。オイッ、テラダ某ヨ、お前さんは二十歳の頃は何をやっとッたんかナ。

テラダ某:
へ〜ッ、そん時や〜、アッシはまだ学生なもんで、のほほん、のほほんとしてましたがナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
やっぱりお前さんはおバカさんじゃのぅ、まッ、そんなことじゃないかと思っておったわい。
ところで、この松本治一郎なんじゃが、その後1910年に日本総領事に強制送還されて帰国したそうじゃヨ。んでッ、1911年には土建業「松本組」を創業したそうじゃ。まだ、たったの24歳あまりだったわけじゃナ。
こりゃ〜、テラダ某とはエライ違いじゃのぅ〜。
それで、その配下には九州きっての暴れん坊達が揃っておってナ。何でも敵対した組の通夜の日に殴り込んだ松本組によって、その組の家が瞬く間に廃材の山と化したッちゅう〜伝説があるんヨ、若いのになかなかやるのぅ〜。

テラダ某:
何か、ヤクザ者みたいでんナ〜、お〜怖わ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほとんどそうかもナ。それにしても普通のお人ではなさそうじゃわい。

スターリン:
若い頃から、肝っ玉が据わっている人物だったのだろう。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そんで〜、1923年には、九州「水平社」の委員長(幹部)になっておるんじゃヨ。

テラダ某:
でッ、その「水平社」というのは何なんでっかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
何でも近世以来の、封建的身分差別に基づく部落差別の完全解放を目的とした、部落民の手による全国的組織らしいんじゃヨ。
そんで、2年後の1925年には、あッという間に「水平社」の中央委員会議長に就任したそうじゃヨ。つまり、部落解放運動のトップの地位に起(た)ったッちゅうことかいナ。
さらにはだナ、被差別部落民が苦しんでいるのは、徳川幕府に原因があるとの思想から1927年に徳川家達公爵への「爵位返上勧告闘争」を指導したんヨ。後に徳川公爵暗殺未遂の罪により、懲役4ヶ月の実刑判決を受けて下獄したそうじゃヨ。
ほんでのぅ、この闘争に影響されたある奴が、後で徳川邸に放火し、全焼させたそうじゃ。

テラダ某:
ヒエ〜ッ、何でんがナそれって(ビックリして)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
テラダ某、驚くにはまだ早いぞヨ(モッタイつけて)。
1926年には、日本陸軍第十二師団の福岡連隊差別事件への、糾弾闘争を指導して1929年、同連隊爆破陰謀事件で懲役3年6ヶ月の実刑を課せられて再び下獄したそうじゃ。

テラダ某:
ウッヒャ〜、恐ろしかネ〜(唖然)

スターリン:
ワッハハハ、それでは何か、軍の連隊本部に手榴弾でも投げこんだのかそれは大した奴じゃな、やはり見どころがあるぞ、わしが見込んだだけのことはある。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それで〜、1936年2月20日に実施された第十九回総選挙に無所属で立候補して当選したんじゃナ。この直後の2月26日に、ホレッ、あの2.26事件が起きとるのヨ。
その頃、松本は「社会大衆党」と「労農無産協議会」との提携を軸に全非圧迫人民大衆の反ファシズム統一戦線を結成するため力を尽くしたそうじゃヨ。おそらく1935(昭和10)年のコミンテルン第七回大会の決議である「人民戦線戦術」による「反ファシズム人民戦線(フロント)を結成する」に呼応したわけじゃナ。つまり戦前・戦中からのバリバリの共産主義者なのじゃ。
翌1937年には、山川均、尾崎行雄、政友会、民政党を訪れ議会政治の擁護を訴えたんじゃが、7月7日支那事変が勃発し、人民戦線運動は潰されたんじゃナ。つまりだナ、この御仁の思想は、やはり当時から極め付きの“アカ”ということを証明してるがナ。要するに同和のイデオロギーは反日・反国家思想プラス過激な社会主義思想が組み合わさった思想ッちゅうことになる。

スターリン:
もちろん、そこがわしの狙い目だったのだ。その当時から日本に潜伏しているコミンテルンの要員から奴の噂話を聞いたことがある。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
こうして1945年9月14日、つまり日本の敗戦後すぐに日本の社会主義運動、労農運動先駆者たる三人の長老である安部磯雄、高野岩三郎、賀川豊彦の連名になる呼びかけ文が発せられたのじゃヨ。この会は全国から約200名が集まり、松岡駒吉の座長の下に進められ、事実上の日本社会党結成準備懇談会となったのじゃ。
そもそも、敗戦直後に日本社会党の結成を目指して西尾末広、水谷長三郎、平野力蔵らが最も早く行動を起こし、「ブルジョア政党と共産党のあいだの総ての勢力の結集」ッちゅう構想はやがて統一した一つの社会主義政党を作るということに話がまとまり、他に川上丈太郎、片山哲、浅沼稲次郎らと共に松本治一郎が世話役に選任されたんじゃナ。
松本治一郎が早い段階で世話役に選任されていたことは、彼が戦後の社会党の結党にあたって大きな役割を期待されていたことを裏付けるものじゃろうて。
もっとも、1942年4月、福岡県第一区の候補に「翼賛政治体制協議会」から推薦されて立候補した時は、選挙公報の中で「お国のためには血を流せ」、「お互いはあくまで米・英を打倒しアングロサクソンの世界制覇を阻止すべく一億一心国を挙げて、老いも若きも鉄火の一丸となり、いかなる困難の中にも突入し、かつこれを突破して必勝不敗の体制を完成せねばなりませぬ」と挨拶しちゃったり、翼賛議員として、東条英機内閣による、「朝鮮人徴兵法案」の法制化に賛成したり、1943年6月14日には、天皇主義的な議員集団「八日会」の結成に発起人の一人として参加して中野正剛や赤尾敏(笑)らと共に結成式に出席し、「激励的発言」を行ったりしちゃうんだもんネ(大笑い)。
しかもだナ「大東亜戦争」の開始日(1941年12月8日)に由来する名称を持つこの「八日会」の「信条」は、「我らはいっさいの行動を国体の本義に発す」、「我らは大勅を奉戴し、断じて戦い、断じて勝つの信念を以って行動す」な〜んていうものじゃったのヨ。
おまけに帝国議会予算委員としては、戦時予算のすべてに賛成するなど、ともかく積極的にバッチリ戦争協力していたんじゃが、敗戦後は突如として軍国主義を指弾する側に転じ、「私は戦争中は全国水平社運動と共に、反戦的な言葉を常にもらし、日本が戦争に負けることを語っていた」、「私はいつも反戦的な思想を表明していたわけであった」とか「私は根っからの反軍国主義者であり、民主主義者である」などと思いっきりコロッと変わって平然と語るんじゃナ〜これが(呆れ笑)。しかしこの変わりようは見事なもんじゃわい。戦時中はシッカリと猫を被っていたんじゃヨ・・・・・・。ま〜、このくらいハッキリと手のひらを返されたんでは、呆れて誰一人文句も言えんわいナ(笑)。それにどうせカモフラージュだったわけだしナ。いやいや、お見事なもんじゃ。それにもう一つ決定的な状況証拠があるぞなモシ。それはじゃナ、戦後日本で華族制度が廃止された後も、松本は、「貴族あれば賤族あり」との信念から、戦後一貫して天皇制の不当性を取り上げ、皇室財産の実態の追求、皇室経済法の改悪反対、天皇家と伊勢大神宮との関係などについて、十日に亘って国会で追及しておるしナ。ま〜、“真性の共産主義者(マルキスト)”としての面目躍如たるものがあるがナ。共産主義者にとって、天皇と皇室の存在は目の上のタンコブなのでア〜ル。

スターリン:
お説、ごもっともである。共産主義者たるもの、欺瞞・擬態は十八番の得意技であり、状況が必要とするならば、至極当然のことなのである。よしよし、ますます気にいったぞ(御機嫌で)。それに、面の皮の厚さはコミュニストの必須条件でもある(薄笑)。もちろん、コミンテルンが戦争を煽動させたのは尾崎秀実だけではなかったしな・・・・・。

テラダ某:
はッ何のことでっかネ、とにかくアッシにはとっても真似できやせんぜ〜、しッかしやるよナ〜(感心して)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
松本治一郎は日本の敗戦後の1949年に、新憲法制定後の参議院初代副議長になっておる。そして、前代未聞の、天皇への「カニの横ばい」式拝かつを拒否し、そのために吉田内閣から公職追放をされたりもしとるんヨ(呆れ顔で)。しかし、こりゃ〜本当に“筋金入り”だがナ。

スターリン:
アッハハハ、とにかく普通、いや尋常ではないな。やはりなかなかの大物だ。大事を託す者はこうでなければいかん。しかし、わしは人を見る目があるのだな。グフッ、グフッ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃった、そうじゃった、危うく忘れるとこじゃったわい。これは以外と知られていないことなんじゃが、1953年に、「日中友好協会」初代会長に就任しておるわな。お後は1955年に「部落解放全国委員会」を「部落解放同盟」と改称し、当然のことながら、初代執行委員長に就任しておるぞヨ。
そして、1964年、勲一等授与の対象者に選ばれたが、これを拒否しておる(失笑)。そして、1966年に死去するまで、部落解放運動の中心人物であり続けたのでア〜ル。

テラダ某:
良きにつけ、悪しきにつけ、半端じゃネ〜のはヨ〜ク解かりましたッすヨ。筋が通ってるッちゅうか、こうと思えばどこまでも貫き通すッちゅうか、またも“恐れ入谷の鬼子母神”でごぜ〜ますがナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
松本治一郎は1952年1月、左派社会党の第九回大会から社会党の顧問に復帰し、「平和同志会(後の安保体制打破同志会)」を結成し、左派社会党綱領の堅持、並びに平和と護憲(カモフラージュ)を掲げて政治闘争をしたそうじゃヨ。

テラダ某:
でしかし、何やら風雲児のごときお人でんナ〜(妙に感心して)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
さ〜て、ここらで核心に入るぞヨ。実はこの人はのぅ、秘密でスタさんと会い、「スターリン命令」ッちゅうやつを受けていたのじゃヨ。

テラダ某:
へ〜、それはいつ頃でっかネ〜(のん気に構えて)。

スターリン:
あれは、確か1951年の2月頃だったかな。

テラダ某:
何処ぞででっかネ〜(気楽に構えて)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
事の重大性が解かってないのぅ〜、テラダ某ヨ、なにせおバカさんじゃからナ。
ワシが地獄界でこの松本治一郎から直接聞いたところではじゃナ〜、ソ連大使館を通じてスタさんから再三の要請があったので、数名の者を連れて訪問し、気軽な気持ちでモスクワ空港に降り立ったそうじゃヨ。
ところがじゃナ、空港に降り立った途端にビックリ仰天したらしいんじゃヨ。なッ、なッ、何とな、スターリン大元帥閣下を除く全閣僚が、松本治一郎らを待っていて空港でお出迎えをしてくれたそうなんじゃ。
これは、すっごいことじゃぞ〜テラダ某ヨ、まさか全閣僚がお出迎えとはのぅ〜・・・・・・(未だ半信半疑)。そしてじゃナ、車に乗ってクレムリン宮殿に直行したそうなんじゃヨ。それで、その時、道路の両側ではソ連兵が2m間隔でバ〜ッと並んでおったそうじゃ。
つまりじゃナ〜、国賓中の国賓ッちゅう待遇で迎えられたそうじゃ。しかもじゃ、クレムリン宮殿のニコライ二世の部屋でナ、これは日本人では松本治一郎が初めて入ったッちゅうことなんじゃナ。そんで、ちょうどまる五日の間、一歩も外に出ない缶詰状態じゃったそうじゃヨ。
さらには、このニコライ二世の部屋に、朝飯、昼飯、晩飯そして間のお茶の時間等々に全閣僚と共産党の色々な首脳部が入れ代わり立ち代りやって来て、共産主義の話をバカバカ吹き込まれたそうじゃ。
ここまでの話は本当かネ スターリン閣下。

スターリン:
いそれはもちろん本当の話である。それと、わしとトマス殿の仲であろう、“スタさん”で大いに結構だ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
あッそう、ほんではお言葉に甘えさせてもらうけんネ(嬉しそうに)。ところで、松本治一郎に何の話をしたんかネ。

スターリン:
ウムッ、あの当時のわしは方針転換をして、共産党の代わりに社会党をバックアップすることにしたのだ。つまり日本の共産党を一端引っ込めるということなのだ。だから、日本に革命を起こせッて松本治一郎に命令したのだよ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
アチャ〜、松本治一郎がワシに言うたことと同じじゃヨ、すると松本治一郎は本当のことを言ったことになるわい。こりゃ〜大変じゃ

テラダ某:
そういや〜、アッシが検証したところ1951(昭和26)年、5月のメーデーでは、確かに社会党の島上善五郎が先頭に立って皇居前で指揮をとってますぜ。

スターリン:
その通りのはずである。そのとき共産党は全く前面には出ていなかったであろう。奴ら(日本共産党)は1950(昭和25)年までのメーデーでは、先頭に立っていたのだ。
だが、わしが指示をしてバトンタッチさせたので、もはや共産党は出ていないのだ。そして、この時にメーデーを社会党に指導させたのが、私が松本治一郎に出した最初の命令である。この後日本共産党は日本国民にアピールするために、環境保護・平和運動・市民運動に関わり、パーティーをしたり、山登りなどのレジャーをやったり、女性への受けを狙うようなソフト路線に方針を切り換えさせたのだ。嘘だと思うならあの野坂参三にでも聞いてみればよい。もっとも、現世には既に居ないか・・・・・・。

テラダ某:
こりゃ〜、すべて本当かもネ。だって、辻褄が合ッちゃうもんネ(驚いて)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
うんうん、さらに松本がワシに言ったのは、それからは共産党の代わりに社会党が、今度は実力行使に出るようになったそうじゃ。その第一歩が三池炭鉱の労働争議でナ、それまでの争議は王子製紙やら、2、3の争議は全部共産党が主導権をとっていたが、これからは社会党であり、だから三井の攻略にかかったそうじゃヨ。それで、三井は第一組合と第二組合に分かれたそうじゃ。つまり、資本家のほうの組合と、いわゆる社会党のほうの組合とが対立したわけじゃナ。
そんで、一応それは社会党側の組合のほうの敗北ということで収まったんじゃがのぅ。ところが、それから二年後に原因不明の大爆発を起こしたわけヨ。そんでもってじゃナ、あれは社会党系の組織のオルグがやったらしいんじゃわい。そのおかげで今日まで、三井が色々と経済的にも尾を引いていると松本が言うんじゃがナ。

テラダ某:
戦後最悪となる、458人の犠牲者と839人の一酸化炭素中毒患者を出した、あの炭塵爆発によると云われた大事故ですよネ、今の話は。

スターリン:
わしもその報告は聞いているぞ(薄笑)。あの当時、社会党には向坂逸郎の薫陶を受けた若い者が沢山いたからな。あの社会主義協会の向坂は、筋金入りのマルキストだったしな。

テラダ某:
どひゃ〜、どないなってまんねんがナ(仰天)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
後こりゃ〜益々オモロクなって来たわい、オット、少しばかし不見識だったかナ。
ホンデじゃナ〜、松本に言わせればだな、ソ連政府は社会党左派の中に陰謀の中核を設けて、ここを通じて隠微に、そして秘密裏に日本社会の潰変を図るつもりじゃと、要するに日本とロシア(ソ連)の再戦の手段としては、武器は使えないので今度の戦いは人心の撹乱と社会の騒乱を実行し、いずれソ連の属国に落とすつもりであるとスタさんに言われたというんじゃが、これも本当かいナ

スターリン:
すべて真実である。松本治一郎にわざわざモスクワまで来てもらって、二人で話した会談の内容の核心はまさにその通りだ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おいおい、テラダ某ヨ、こりゃ〜、お前さん気を付けんとナ、たとえスタさんや松本が死んでいても、スタさんや松本とその背後にあった人間や他の国との関係が、今日までも同様に続いているかも知れんぞヨ。

テラダ某:
まさか〜、そんなバカな、それに地獄界のユウレイなんぞの話を、毎度のこと言いますが一体全体誰が信じます〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お前さん、“それを言ッちゃ〜終め〜ヨ”だろう、テラダ某ヨ。

スターリン:
何をヒソヒソと話しているのかね

テラダ某:
(ドキッ)いやいや、滅相もございやせん、ナ〜ンも言っておりやせんがナ。

スターリン:
まだ何か聞きたいことがあるかな、ここまできたんだ遠慮しなくてケッコウだぞ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
よしッ、この際じゃ、松本治一郎が言ったことが真実かどうかさらに検証するわい。
それじゃ〜聞くもんネ、戦前に徳田球一や野坂参三やその他の共産党員の連中がモスクワと北京に亡命していたんじゃなぁ〜確か、んで、戦時中は、こ奴らはみ〜んな非国民になっていたんじゃが、それまで日本の革命のためにモスクワと北京に、日本から派遣教育をされていた共産党の幹部が、敗戦後続々と帰ってきたんじゃヨ。そしたら、日本にいる若い学生層からまるで凱旋将軍のように迎えられて、日本国内に潜っていた共産党員達も一斉に迎えてのぅ。その勢いは選挙ごとに増え続けて、結局のところ三十数名の共産党の国会議員が誕生したんじゃがナ。
ちょうどその頃、桜木町事件、下山国鉄総裁事件、三鷹事件その他色々列車転覆事故があったんじゃヨ。
桜木町事件だけでも、二百数十人もの犠牲者が出ておるんじゃナ。しかも、松本治一郎が言うには、これらはみんな共産党系の国労がやったッちゅうんじゃヨ。これってホンマかいナ スタさん。

スターリン:
ムッフッフ、その通りだが、それがどうかしたかね(涼しい顔で)。ところで、わしが日本に対して共産党に革命を起こさせるという従来の方針を変更したのは、実は天皇陛下の存在なのである。
戦後、天皇が国民の中に飛びこんで努力しているのを見て、日本国民が天皇と皇室を改めて見直しているのが判ったのだ。
さすがのわしも、ここまでは計算に入れていなかったのである。これでは共産党では日本の革命は難しいと判断したのだ。何故ならば、日本共産党は当然のことながらその綱領によって、天皇と皇室を正面から否定しているしな。それに日本社会党の方が日本国民に受けがよく、現実的に国会における議席数も日本共産党よりはるかに多いしな。つまり、あの時点では日本社会党は政権奪取の可能性がある政党であったわけだ。それに結果として、良いカモフラージュにもなったしな。とにかく日本という国柄は、天皇が存在する限り、頭から実力行使でやってもダメだと判断したのである。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
あの松本治一郎も同じことを言ってたがナ〜。こりゃ〜ますます信憑性が出てきおったわい。
松本が言うには、昭和21年から始めた天皇の行幸をスタさんがじっくり観察した結果、日本に対する戦略を変えたそうなんじゃがナ。まず、陛下は平塚の雪印乳業におでまし、それから全国のあちらこちらにおでまし、その陛下の人間性に接して国民は皆、敗戦のショックが相当和らいだんじゃヨ。
とにかくこれが5年続いたんじゃナ。九州の三池炭鉱、北海道の夕張炭鉱等、ず〜ッとくまなくお周りになって、そのプロセスの結果、国民の活力が増してきて日本国内の復興が急激に盛り上がってきたんじゃヨ。これを抜け目なく見ていたスタさんは、日本は共産主義を力で押し付けて行くのはチョイとばかし具合が悪いと感じたらしいんじゃナ。今までの共産党のやり方ではマズイとナ。
つまり、方針を変えなければいかんと、スタさんは思ったそうじゃ。ホンデ、社会党の左派の“裏番長”(笑)である松本治一郎参議院副議長を徹底的に調査して、その結果、彼に白羽の矢を立てたと松本は言うんじゃナ。ま〜駐日ソ連大使を通じて、モスクワに来てくれないかというスタさんの再三の要請で、彼は腰を上げたと言っておったわい。そんで、スタさんに革命を起こすと誓ってきたらしいのヨ。スタさんよ、ここまでの話も真実かネ


スターリン:
まったく、その話もその通りである。今までのところ、寸分の狂いもない。とにかくわしは、クレムリンで初対面の時に、今後はソ連が全面的にバックアップするという約束と共に「日本の革命」という“特命”を松本治一郎に授けたのである。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
アリャ〜、ますますマズイがナ〜。では、どうせここまで来たんじゃけん、最後まで聞こうかネ。
スタさんナ〜、スタさんに松本がこう指示されたッちゅうのヨ。“まず日本の教育は共産党や社会党などの左翼系のオルグを先生達の中に潜りこませて先生達をダメにするんだ”と。それからストを繰り返し繰り返し行い、当時の国鉄をズタズタにするッちゅうことらしい。さらに地方自治体を基盤にして、選挙に勝つため官公労を握るそうじゃ。そんでもって、国民の目を欺きかつ誤魔化すためにA新聞に新たな同志を導入させて、社会党に有利な報道をさせつつ、いずれA新聞を占(し)めちまうんだとさ。そうすれば他の新聞は右へ倣えッちゅうことになると松本本人がワシに言うたがナ。

テラダ某:
それって、みんなソ連の指示でやるんすか

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうなんじゃヨ。つ〜ま〜りィ、スタさんの指示によれば、共産主義思想や社会主義思想を持つ同志達が日教組を創り、各学校にその同志が入り込んで、日本の教育を根本から変えて日本の歴史をひっくり返せと、スタさんが言っておったらしいんじゃが・・・・・・。
あの〜、スタさん、ヤッパリこれも本当かのぅ

スターリン:
まったくもって、いちいちその通りである実際日本は、現在その通りになっているのではないかな

テラダ某:
実際のところ、悔しいッすが、アッシめはそれを実感として感じますがナ。でも、正直、半信半疑ッすヨ。
それじゃ、まるっきしトマスおじさんの言っていたフランクフルト学派の学者の唱えていた通りじゃないすか。そんなの信じたくないッすネ〜。
それにどこまで行っても、所詮ユウレイの戯言だと信じたいッすヨ〜(哀願調で)。

スターリン:
フッフッフッフ、テラダ某よ、今回わしがトマス殿と現世に降臨するに当たって、最初の方はお惚けで接しようと心に決めていたんじゃよ。最初からぺラぺラ私がしゃべってしまったら、私が途中で戦略を変更し、共産党に見切りをつけて、その代わり社会党をバックアップしたことの効果がリアルに把握出来ないかも知れんからな。それにお前さん方の勉強にもならんだろう。まッ、今のは概ね建て前(笑)で、本当のところは暇つぶしを兼ねて少しばかり遊びたかったのもある。実のところ、現世ではフランクフルト学派と今では称されているらしい学者達のことは、わしもとっくに知っていたのだよ。最初は惚けていただけさ(薄笑)。

テラダ某:
・・・・・・・・(ガックシ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
しかし、スタさんも人が悪いのぅ〜、半分くらいは“あ・うんの呼吸”で知っていたと思っておったがナ、まさか丸ごと総て理解しているとは想いもしなかったわい。いや〜、恐れいったぞなモシ。
ワシもこの際ここまできたから、もチット聞いてもよろしいかナ、スタさんヨ。

スターリン:
一向にかまわんよ、トマス殿(余裕の態で)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほんじゃ〜、早速行くぜヨ(背筋が伸びて)。どうしても日本の「旧国鉄」について聞きたいんじゃ。
あのな、松本治一郎が言うにはのぅ、「旧国鉄」には官公労の中で一番社会主義や共産主義の同志がいると言うんじゃナ、例えば線路工夫だとか、機関車や列車の油差しとか、とにかく労働組合員が多いというんじゃナ。だから、「旧国鉄」をメロメロにして、日本人同士をトコトンいがみ合わせて、日本人同士で争いをさせるッちゅうんじゃヨ。
それからストライキをバンバンやって、あっちで貨車止めて、こっちで貨車止めて、国民の足を奪えばいんじゃと言っておったがナ。そんでもって他方では、松本ら非圧迫民の同志達は、肥汲みをやっとるのが多いからして、これらを大学出と同じように昇格させて、その上で地方自治体を完全に牛耳るッちゅうんじゃナ。それで、これらの中から村会議員、市会義員、県会議員をドンドン送り出し、その上で中央へ国会議員を輩出していくとネ。そうすりゃ〜、後の所管官庁や団体等は右に倣えとなると言うんじゃナ。
それで松本が言うには、とにかく国民の目を誤魔化すためにA新聞を味方にするんじゃと言っておったがナ。これはもう、スタさんが特にそうせいと言ったそうじゃヨ。A新聞を完全に松本ら社会党左派の味方にして利用し、社会党左派の言う通りに持っていけとナ。
そうすれば、日本のあらゆる分野に我々の同志、つまり“潜りマルキスト”達が浸透して、日本人に共産主義思想を浸透させ、最終的にそのタイミングを見計らって日本の国政を変え、ついにはその国体を変えるつもりじゃそうナ。以上述べたことも、スタさんが松本治一郎に指示を出していたことになるんかのぅ(恐る恐る)

スターリン:
今まで聞いたことは、わしが総て松本治一郎に言ったことに相違ない、わしが証人である。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
オヨヨ〜、こりゃ〜日本は大変じゃ、テラダ某ヨ、どうする〜(アタフタして)

テラダ某:
そんなモン、アッシが聞きたいッすヨ〜・・・・・・・。でも、よく考えてみると、いくらスタさんに証人だといわれてもナ〜、ユウレイなんだし、こりゃ〜壮大なハッタリじゃないんすかネ〜、スタさんの暇つぶしも兼ねたネ。

スターリン:
・・・・・・・・・・(沈黙の笑み)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
でもナ〜、松本治一郎はいわゆる人権問題や平和運動に熱心(笑)だったしナ。例えばじゃナ、1947年4月にアメリカ自由人権協会会長、ロジャー・N・ボールドウィンッちゅうお人が「GHQ」の招きで来日したんヨ。ほんでナ〜、日本各地を視察し、司法省、裁判所、弁護士会、大学、「GHQ」等々の関係者と、新たに創設されるべき人権擁護の組織作りについて会合を積み重ね、その結果、政府に「人権擁護局」、民間に「自由人権協会」が設立されることになったんじゃヨ。
そんでじゃナ、1947年11月23日に東京弁護士会館で「自由人権協会」の設立総会が開かれてナ、片山哲首相が挨拶し、会長の席は空席じゃったんじゃが、副会長に松本治一郎ら三人が就任してナ、理事長に海野普吉、事務局長に森川金寿が就任したんじゃ。ちなみにこれら二人は朝鮮半島人なんじゃがナ・・・・・。
そして、「自由人権協会」は海野事務所の二階に事務局が置かれた他、各地に支部が設立されたんじゃ。それで機関紙『人権新聞』を発行し、1951年1月には社団法人の認可を受けたんヨ。また、「国連経済社会理事会」の協議資格を持つ「国際人権連盟」に加入して国際活動にも力を入れたのじゃ。
副会長に就任した松本について、理事長の海野は、「一番熱心に会合に出てこられたのは松本治一郎さんでした。ご承知のごとく、松本君は部落の出身者で、部落解放のためには身をもってこれにあたって、しばしば牢獄に投ぜられた人であります。そういう経歴を持った松本君が非常に熱心で、会合費等も松本君からかなりだしてもらいました」と、後に回想しとるんじゃ。それで、この海野普吉というお人は、部落解放全国委員会の顧問にも就任しておるぞヨ。
そんでもってじゃナ、何故に日本政府に「人権擁護局」、そして民間に「自由人権協会」が設立されることになったかといえばだナ、戦後の日本に進駐した連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)は日本の民主化を推進しており、1945年10月14日に「人権指令」が出されて「治安維持法」など治安立法の廃止や
政治犯の釈放や特高警察の廃止等が行われたんじゃ。さらに10月11日には、マッカーサーが当時の総理大臣の幣原喜重郎に「人権確保に関する五大改革」を指令したからなのでア〜ル。

テラダ某:
なるほど、なるほど。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そんでもってじゃナ、1953年6月には、国連人権委員会初代委員長として世界人権宣言の起草に関わったエレノア・ルーズベルトが来日した際に、「法務省人権擁護局」は「自由人権協会」との共催で懇談会を開催しておるぞヨ。当然、松本治一郎も出席しておるわナ。

テラダ某:
そのエレノア・ルーズベルトッて、確かフランクリン・ルーズベルトの未亡人ッすよネ。そんで、影で“ザ・レッド(赤そのもの)”というニックネームまで頂戴したご婦人ッすネ。しかも潜伏してアメリカ社会に入り込んでいた、アメリカ共産党の“隠れマルキスト”達とケッコウ繋がりがあった人ッすよネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃ、そうじゃ、お前さんもケッコウ知っておるのぅ〜。ところで、そのうちに世界情勢が大きく変化してきてのぅ、1949年、中華人民共和国が成立したんじゃ。
さらに東西の冷戦が激化してきたために、占領政策に「逆コース」といわれる占領政策の転換が始まったのじゃ。まず、1948年に朝鮮人学校の強制閉鎖、公安条例の制定、政令201号(公務員の争議行為の禁止)の公布、それから1949年には、団体等規制令の公布施行、下山・三鷹・松川の各事件の続発、「在日本朝鮮人連盟」の解散命令、その上1950年には朝鮮戦争が勃発し、ついで「警察予備隊」の創設、レッド・パージ等々があり、かくして行き過ぎた民衆運動・労働運動への弾圧の波が押し寄せて来たのでア〜ル。
そこで「自由人権協会」は治安立法批判、言論・出版の自由、松川・砂川事件の弁護、原爆訴訟、占領下沖縄における米軍の人権侵害の調査・告発、在日朝鮮人の権利・擁護等々、その時々の重要な人権審判事件を取り上げて常に戦いの最前線で、いわば体制との戦い(笑)を展開したんじゃナ。

テラダ某:
ずいぶんなご活躍でんな〜。でも、それって裏を返せば、敗戦後の日本国内の状況は反日・反国家勢力の、ある意味やりたい放題だったッつぅ〜ことでもありますよネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
アッハッハッハ、まさにそれは真理の一面を突いておるぞヨ。

スターリン:
本来はそういう時こそ革命のチャンスなのである。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
でッ、あの松川事件は起訴された国鉄・東芝の労組員20人に対して1950年12月6日、第一審で死刑5人、無期懲役5人を含む判決が出されたのじゃが、松本の「自由人権協会」は海野晋吉らが弁護に加わったんじゃヨ。
松本は「日本国民救援会」の難波英夫と共に1953年10月24日に松川事件の二審判決を前にして、仙台で開かれた「松川事件公正判決」を要請、「自由と人権を守る東北大会」へ参加して仙台高裁へ要請に出向いておるがナ。要するに政治的圧力をかけたんだろうヨ(笑)。
松川事件は、日本の裁判史上始まって以来の世論の盛り上がりによって、1963年9月12日に最高裁で無罪が確定したんじゃナ。この時の世論の盛り上がりは異常だったぞなもし。まッ、左翼系のマスコミやメディアが先頭を切って大車輪の活躍をしておったわい。
ところで、この海野晋吉じゃが「自由人権協会」理事長の他、1948年8月には「日本弁護士会連合会」会長に就任しておる。
さらに、「中央労働委員会」委員、「中央公職適否審査委員会」委員、「憲法擁護国民連合代表」委員等の要職を務めたお人であるぞヨ。とにかくバリバリの左翼思想の持ち主ッちゅう噂じゃがナ。そんで、松本治一郎とは盟友関係でもあり、スポンサーでもあったらしいぞヨ。まあ〜、要するに経済界の人間とのパイプ役を務めたッちゅうことじゃナ。

テラダ某:
しかし、大活躍でんナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
さらに松本は、1955年に設立された「原水爆禁止日本協議会」が設立された際には、代表委員の一人に就任しておる。つまり人権問題だけでなく、いわゆる平和運動(笑)にも参加してご活躍をなさっていた(笑)わけじゃナ。ただし、ことの真偽よりイデオロギーの匂いが濃いのが特徴ではあるのぅ(皮肉)。
何故かといえば、この団体はソ連や中国の原水爆実験には反対しないんじゃナ、これが(呆れ笑い)。

テラダ某:
でも、人権問題だの平和運動だのと綺麗事を言っていれば、カモフラージュにはもって来いでんナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
その通りじゃヨ。それと、松本は当然代議士であったわけじゃから、もちろん政界にもパイプは沢山あるわけじゃヨ。とりわけ自民党の副総裁であった大野伴睦とは深い仲で、盟友関係であったらしいぞヨ。
岐阜に新幹線の停車駅を引いて来るに当たっては、松本治一郎の力が大きく与(あずか)っていたらしいぞヨ。おッ、そうそう、この大野伴睦は海野晋吉とも太いパイプがあったそうじゃ。そして、松本治一郎から思想的影響も相当受けていたらしいしナ。
そして、松本の「自由人権協会」の事務局長である森川金寿は、在日中・高校生に対する「人権侵犯事件調査団」の団長として調査活動を行なったりしておってのぅ。1963年10月には「自由人権協会」など二十余団体が参加して、「在日朝鮮人の人権を守る会」を結成して森川が代表委員の一人に就任しておるのじゃナ。まッ、こんなかんなで幅広く、奥深く表社会、裏社会、それに闇社会も含めて日本社会に隠然たる影響力を以って政界・財界を含め、社会各層に“裏と闇の世界の黒幕”として君臨しておったらしいぞヨ。
したがって政治の世界では党の役職(表の顔)にはほとんど就いておらんのぅ。陰謀家・謀略家・裏業師・の類じゃったかも知れんわい。表面では激しく対立しているようで、その実、ウラでは慣れ合っていた、例の「五十五年体制」の時代の政治は、自・社による、ウラで多額のお金が動く慣れ合いの国対政治であったしな。なんせ、松本治一郎にウラで頼めば、ほとんど、直ぐに話がついたそうじゃから、社会党左派の領袖であり、その“裏番町”(笑)の立場である松本には、おそらく自民党の時々の政権の実力者達が下に置かない扱いをしたであろうことは、想像するに難くないであろうナ。
ワシが想うに、どうもこのお人が、現在に至る日本の裏や闇のシンジケートのルーツを構築したパイオニアではないかと推測するのじゃが・・・・・。とにかく、これら総ての裏面や真実について語れる生き証人は、政治スキャンダル追及の中心的存在として、一時「国会の爆弾男」の異名を持つに至ったN・Yしかおらんじゃろう。
おそらく、この男が松本の指示を受けて、彼の政財界での裏の顔役や闇社会での黒幕としてのネームバリューを使い、総てを代行して差配していたに相違ないじゃろう。同じ同和であり、個人的関係もさることながら、なんせ松本の秘書として長きに亘ってご奉公していたからのぅ。もっともこのN・Yは総てを墓場の下まで持って行くだろうがナ。
そういえば、朝鮮半島の部落民、即ち非差別圧迫民とも戦前から深く交流する関係にあったらしいから、当然のごとく南北朝鮮半島における松本人脈は相当太かったはずである。おそらくその人脈は今でも生きているのではないかのぅ。それを受け継いでおる代議士や財界人がギョウサンおるかもナ。
そうそう、あの“毒饅頭じいさん”のN・Hなんぞはその口じゃろうて。どうもその匂いがプンプンするのぅ〜。だが、しかし松本治一郎と比べりゃ〜、たぶん鼻ったれ小僧の類ではあるがナ。

テラダ某:
やっぱし、良きにつけ、悪しきにつけ、大物だったことには間違いなさそうッすネ。
でも、この人物を論ずるに当たっての問題のイシューは、この人の存在が日本という国家にとって、そして日本国民にとって果たしてプラスになったのかマイナスになったのかッつぅ〜点に最後は絞られることになりまっかネ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
とするとだナ、日本にとっては、戦後の数々の厄災を招くことになった最悪の人物ということになるのぅ。
つまり、戦後日本の“諸悪・巨悪の根源”とも言えるお人であり、このお方が遺産として残したシンジケート()は、日本にとって戦後から現在に至るまでの最大かつ最悪の病巣になっておるッちゅうことかいナ。

スターリン:
松本治一郎にはわしが全面的にバックアップすると約束したわけであるから、それくらいの力を発揮しても不思議はないであろう。わしにとっては実に使える人間であったのである。わしが1953年3月に死んでいなければ、日本はオモシロイことになっていたのではないかな。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうそう、この松本治一郎はのぅ、例の某似非宗教団体の前身になった団体の創立者であるM・Tと相当昵懇(じっこん)だったらしいわい。なんでもアイヌの人権問題で意気投合したらしいんじゃナ。
そんで、このM・Tも噂では思想的に松本に相当傾倒し、感化されておったらしいぞナ。そんでこのM・Tは初代会長と見做されており、二代目はT・Jというお人らしいんじゃが、噂では松本と同じ同和出身ということなので、やはり相当の仲だったらしいぞヨ。
そういえば、奈良にある新興宗教の○○教は、松本の肝入りで創ったらしいから、おそらくこの某似非宗教団体も、やはり松本治一郎がウラで画策して創設した可能性が濃厚じゃナ。だからこそ、この○○教はとっくのとうに例の某似非宗教団体の傘下に入っておるんじゃ。もっとも、多分に最初からウラでは通じていただろうがナ。して見るとスタさんの「人民戦線戦術(フロント戦術)」の忠実な実行者であった松本治一郎は、スタさんが命じた日本の革命という最終目的を成就するために、「人民戦線戦術(フロント戦術)」の一環として新興宗教団体を設(しつら)えていったのではないかナ。

テラダ某:
げ〜ッ、ホンマかいナ〜その嘘、ホンマでっか〜、だって、共産主義は宗教を否定してるじゃないすか。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
だッから〜、お前さんはおバカさんだッちゅうの。先程のスタさんの話をもう忘れとるがナ、スタさんがヒトラーとの独・ソ戦でロシア正教を復活させた件がもう頭から抜けとるわい。
それにだナ、「共産主義者は目的のためには手段を正当化する」とスタさんから教えてもらったばかりじゃろう。

テラダ某:
そうだったすよネ、スンマセ〜ン。ということは、トマスおじさんの今の推測は大いに有り得るんでッしゃろうネ(唖然)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
つまり、新興宗教団体は隠れ蓑としての役割じゃったのかもナ。というか、要するに共産主義者の十八番である「欺瞞・擬態」の類であろうぞヨ。

テラダ某:
ということは、隠れ蓑としての新興カルト教団は新手の「下部構造」ッてなことになりまっかネ〜。うひゃ〜、こりゃ〜大変でおます〜〜。するッて〜と、「上部構造」は某似非宗教団体や某擬似○○○○教団体に嵌(は)まっているかキンタマを握られているか、あるいは“潜りマルキスト”である代議士かッつぅ〜ことになりますでんネ〜(茫然)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それに、“潜りマルキスト”の官僚やカルト教団体の信者である官僚もおるし、また財界人もおるじゃろぅ。
もちろんマスメディアや学者や教育者達等も込み込みで考えりゃ〜、事の重大さが解かるじゃろうて。

テラダ某:
そういや〜、5、6年前に確かS新聞だったと思うんすが、「中国帰還者連絡会(中帰連)は『中国共産党の対日工作グループ組織』であったことが明らかになった」と報じているのを見たことがありやすぜ。
これは中国からの日本人帰還者で作られたもので、『中共帰国者情報機関』と呼ばれているらしいんすヨ。なんでも、戦後ソ連に強制連行されてシベリアに抑留されていた日本兵の中から、将兵、民間人約1000名を中国共産党がソ連側から引き渡しを受けて、それらの日本人を徹底的に洗脳したッつぅ〜ことでんがナ。なんでも1950(昭和25)年7月に「憮順戦犯管理所」に収容されたそうでっせ。そんででんナ〜、洗脳教育を受けたその約1000人が日本へ帰国したのが、1956(昭和31)年だったらしいんすヨ。
それ以後、その日本人達は中国共産党の工作組織である左翼やマスコミ業者の支援を受けて、聞くもオゾマシイ日本軍の残虐行為を告白し始めたんすネ。彼らは出版活動や日本各地で講演活動まで行い、日本軍が支那で悪逆非道の限りをつくしたというストーリーにより、自虐史観を日本へ蔓延させるのに多大な力を発揮したみたいでっせ。ヒョットして、これなんかも松本治一郎と関係あったりして・・・・。

スターリン:
然もあろう(ほくそ笑んで)、そもそも、その日本人約1000人をシベリアから送ったのはこのわしなのである。

テラダ某:
ほえ〜ッ、うッそ〜。

スターリン:
それは松本治一郎を全面的にバックアップする一環なのだ。つまりだな、日本に思想戦を仕掛ける第一歩でもあったのだ。このことは国共内戦が終結し、1949年に中華人民共和国が成立して、翌1950年には毛沢東が初めてモスクワを訪問したのだ、その時に「中ソ友好同盟相互援助条約」を締結したのだ。
その際にわしが毛沢東に依頼し、毛沢東が周恩来に指示して、わしのその計画がスタートすることになったのである。
その時点で、中国共産党は降伏した日本軍の中で戦犯として裁きたい日本人(約3000人程)は、既に殆んど処刑済みであり、わしの考えた計画でもあること故、ソ連国内に抑留中の沢山いる日本軍捕虜の中から、中国山東地区に駐留していた日本軍第五十九師団を中心にして選抜した約1000人の日本人を中国共産党に引き渡したのだ。わしは、これらの準備を万端怠りなく整えた上で、松本治一郎をモスクワへ呼んだのである。
であるが故に、当然このことは松本治一郎は知っていたし、何のためかということも十分に理解していたのだ。戦後、松本は何度も中国を訪問していたしな。
それに松本が1953(昭和28)年に「日中友好協会」初代会長に就任したのも、もちろんわしの対日思想工作と関係があったのだ。
ま〜、わしはこの1953年に現世にオサラバしたので、その後は中国共産党が松本を使って日本の代議士達とのパイプを作り、ソ連ではなく中国共産党のための対日工作に変質していったのである。
わしの死によって、その後の権力を握ったフルシチョフが、わしの息のかかったソ連共産党の幹部を殆んど一掃したため松本もそれに戸惑い、またそこに中国共産党が隙を見て入り込むキッカケが出来たのだろう。そして、その後中国共産党は独自の対日工作を練り上げ、それに協力したのが松本であろう。
その中国の対日工作の第一段階は「日中国交回復」であり、第二段階が「日中平和友好条約」の締結なのだ。今は第二段階の途中であろう。そして、この第二期の工作目標は「民主連合政府」の樹立なのだ。つまり、左派勢力全部の結集である。かつて1970年代に日本共産党の上田耕一郎がそのアドバルーンを上げたであろう。なるほどのぅ、今思えばそういうことだったのか、これで合点がいくな。ま〜中国共産党は、この「民主連合政府」の樹立は2020年頃を目標にしているようだがな。そして、その頃には、いよいよ中国の軍事力の一層の拡大がほぼ目標通り完了する予定なのだ。そして次なる第三期が「日本人民共和国」の樹立である・・・・・、つまり「属国日本」のな・・・・。ここ一連のわしの話は頗る辻褄が合うであろう、テラダ某よ(薄笑い)。
さてと、ま〜、ここで、松本人脈の代議士達が、いわゆる媚中・媚朝代議士といわれている奴らと重なるのは偶然ではない。そして、ご存知のようにフルシチョフ時代の中・ソ対立により、中国が日本に接近し始めたのも松本やその人脈と中国共産党との結び付きが強くなった理由なのじゃ。いや、むしろ日本に社会主義革命を起こすために、松本から中国共産党に協力や援助を請うた可能性の方が強いかもナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
さて、ここまで、生き証人ならぬユウレイ証人と、同じくユウレイのこのワシの見事()な推測によって明らかに()なってきたことがあるぞヨ。例の某似非宗教団体の“ドン”は、その創立者である、今は亡きM・T、T・Jに続いて繋がっている、松本治一郎人脈そのものの人物であり、松本の思想の影響を濃厚に受け継いでいるおそらくスターリン主義的全体主義を信奉する人物でもあるのだろうのぅ。さらに言えば、おそらく朝鮮半島の被差別部落民出身者ではないのかナ。となれば、日本系の同和と、日本におるコリアン即ち朝鮮半島系の部落民、いわば朝鮮系の同和とも言える人間達との絆の深さが解明されるわけヨ。
そして、あの“毒饅頭じいさん”は、紛れもなく松本治一郎の影響を何かにつけて色濃く伝承している“潜りマルキスト”ということになるわい。また、その後継者達の筆頭に該当する人間じゃろうしナ。その背後にある松本の亡霊を目いっぱい利用し、そのやり口を伝承してウラや闇社会とも繋がりつつ睨みを利かせているのカモ。他にも代議士を始めとする、同類項人間が戦前・戦中から現在に至るまで、まだまだ日本社会の各界にギョウサン棲息し、ウラでの情報交換や資金の融通や援助を互いにしながら助け合い、また利用しつつ、国家に寄生しながら勢力の拡大を図ってきているのは間違いないじゃろうヨ。とするとじゃナ、むしろ社会各界の上層部では増殖しておるわいナ。な〜るほどのぅ、こりゃ〜、総て辻褄が合ってきたわい。“ビックリしたな〜、もう”(やっぱし、相当古ぅ〜)。

テラダ某:
なるほどネ〜(息を呑みながら)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
せっかくここまで分析したんじゃから、もチット突っ込んで、いま少し本質に迫ってみるかのぅ。
それでは、いってみようぞ。まずは、1923年4月24日に設立された「朝鮮衡平社」と称する社会運動団体について述べなければならんぞなモシ・・・・・・。
これはじゃナ、朝鮮半島の伝統的な被差別圧迫民である白丁の、差別撤廃を目的として設立された団体であり、当初メンバーは公称40万人余だったらしいんじゃ。
ちなみに1910(明治43)年8月22日に、「韓国併合に関する条約」が大韓帝国の首相、李完用と日本の統監、寺内正毅との間で締結されておるのじゃが、つまりこの「朝鮮衡平社」は日・韓の合邦国家成立後に設立されたことになるのじゃヨ。要するに、朝鮮半島における被差別部落民であった白丁は、その積年の恨みを「李氏朝鮮」やその搾取国である「明」や「清」に向けるべきものであったのだが、消滅してしまった「李氏朝鮮」や「明」や「清」ではなく、代わりに朝鮮を併合した日本に、その矛先が向かうことになった点に留意しなければならないじゃろぅ。
解り易く言えば、朝鮮半島における被差別部落民としての怨念を大日本帝国が一身に引き受ける(苦笑)ことになってしまったのでア〜ル。
李氏朝鮮、つまり李朝当時の朝鮮は、両班(ヤンパン)という堕落した不労所得者の貴族集団が、良民、農民達から財産と生産物を奪い、百姓達は瀕死の状態に喘いでいたのじゃヨ。
とにかく、李朝518年間は政治も経済も国家も全く存在しないに等しかったのじゃナ。あったのは少数の支配階級と、大多数の奴隷である常人(さんみん)と賤民(せんみん)だけという状態だったのじゃヨ。そして、この下層にさらに伝統的被差別圧迫民が存在したんじゃのぅ。
ことのついでに言えば、よく巷では日本が韓国を植民地にしたと云われているが、それは明らかに間違いであるんじゃナ。日本と朝鮮は「合邦国家」であり、例えて言えば、「チェコとスロバキア」や「ユーゴとスラビア」などのような合邦国家であったのじゃ。
しかしながら、この“日韓併合”が戦前・戦中・戦後から現在に至るまでの間に複雑な問題を日本という国家が背負い込むキッカケにもなるのじゃが・・・・・。
さて、この「朝鮮衡平社」なのじゃが、同じ合邦国家の中の被差別部落民として日本本国の「全国水平社」、すなわち、松本治一郎と手を結び、差別きょう弾闘争を実施して一定の成果を上げたものの、「朝鮮衡平社」のトップである張志弼(チャン・ジピル)が、朝鮮独立運動に加担した容疑により日本の官憲に逮捕(高麗革命党事件)されて以後、朝鮮総督府からの弾圧を受けるようになったのじゃ。
そして、1933年には朝鮮総督府からの弾圧が本格化し、メンバーや関係者の多くは投獄されちまったんヨ。1935年には、治安維持法の下で朝鮮半島の他の社会運動団体全部と共に非合法化されちまったんじゃナ。これによって同年には「朝鮮衡平社」は、表立っての活動を停止せざるをえなくなったのじゃ。
んで、後身組織は「大同社」と名のることになり、皮革業や畜産業等白丁の伝統的産業の利益団体として活動することになったのじゃナ。
日本において、これらの商売にコリアンや同和が多く従事しておるのは、こういう経緯があったのじゃヨ。
当然、この頃になると松本治一郎と白丁との連携をルーツとする、これらの産業の従事者達との繋がりは益々強固になっていったのは、必然じゃろうて。
そして、この「大同社」という団体は、大日本帝国に協力し、1938年には日本軍に軍用航空機や機関銃を献納したりしていたのじゃヨ。
だが、1940年にはこの「大同社」も解散し、これ以後「白丁解放運動」は表向き、かつ表面上は復活することはなかったのじゃナ。
つまり日韓併合後に日本に渡ってきた朝鮮半島人は、この白丁が主流だったと想われるのじゃ。
そして、満州に住み着いていた朝鮮族にしても朝鮮半島本国、つまり李氏朝鮮の500年に亘る治世下で迫害され差別されていた為に、満州へ移住していた白丁が多かったのではないんかのぅ。
そして、日本の敗戦により消滅した満州国から朝鮮半島に戻ったものの、朝鮮半島における被差別民という現実は変わらず、結局日本に渡ってきて、定着することになった白丁が相当数存在したのは事実であろうのぅ。当然それらに手を差し伸べ、連帯し、日本に革命を起こすべく協力しながら大車輪の活動を行ったのが、松本治一郎ということになるんじゃナ。
ま〜、あの経営の神様といわれたM・Kも満州の朝鮮族出身らしいしのぅ。「松○政○塾」出身者に朝鮮半島人(白丁の末裔)が多いのもこれでナットクがいくということになるわい。となると、M・Kはこれら同胞を対象に「松○政○塾」を設立し、日本の政治や社会を彼らの都合の良い様に変えるべく、またそれを託す人材を育成するためにこの塾を創設したのだろうヨ。
おそらく、これら白丁と松本治一郎の「部落解放同盟」、すなわち同和が戦後さらに強く結びつき、彼らにとって一大チャンス到来であった敗戦後の日本において日・朝の被差別部落民同士としての緊密な連帯や結合を図り、今日に至るまでの深い絆を形成することになったのは間違いないところじゃろうナ。
ストレートに言えば、従来からの日本系同和と、いわば朝鮮系同和とも言える被差別部落民同士で反日・反国家のイデオロギーを共有する連帯関係が益々強化され、利害関係を共有する一種の連合あるいは同盟関係へと必然的に発展したとも言えるかもしれんナ。
そして彼らは、同じような被差別部落民であったがゆえに共産主義や社会主義にとりわけシンパシーを感じたのもこれまた必然の成り行きであったじゃろうヨ。とりわけ松本治一郎の徳川幕府治世下の、江戸時代以来からの日本国家に対する積年の怨念は半端ではないしナ。
しかして、これがために、彼らが日本国家に対して愛国心を持つことは無いのであって、むしろ反日・反国家意識を共通の支えとしているのは、考えてみれば双方の出自から省みても当然のことというべきだわナ。どこの国の共産主義者や社会主義者でも、その祖国への愛国心を持っている筈なのだが、日本国内の“隠れマルキスト”達や“潜りマルキス”達が反日・反国家思想の持ち主であるのは、これが為であろうぞヨ。一般の何も知らない日本国民は、何故同胞の日本人が日本という国家の悪口を言い、自虐史観に執拗にこだわり、日本の国を貶めるようなことを言い募ってきているのかについて、全く理解しがたく、単にイデオロギー上の問題と想わされてきたわけじゃが、これこそ正にその答えであり、その本質であろうナ。
特に敗戦後の日本社会(政・官・財から闇社会までの総てを含む)の歩みは、戦後のドサクサに紛れて一気にこの「日・朝被差別部落民同盟」とも称すべき擬似日本人(反国家で愛国心が無く、日本を貶める者や不法入国して戸籍を誤魔化し、住み着いた者達が相当数含まれる)達の日本社会の各界への進出・浸透から始まったのだと言えるのではないかナ。敗戦により、「GHQ」によって全部をトータルすれば30万人近い日本人が追放されたしのぅ。
日本に現在いる朝鮮半島人のルーツは、「日・韓合邦国家」成立後、戦前・戦中・戦後に日本へ渡って来た、いわば朝鮮系同和とも称すべき朝鮮半島の被差別部落民である白丁がそのルーツということになるのではないかいナ。
そしてやはり、これらによって現出している、現在の日本社会の諸状況について考察するに、やはりそのキーパーソンは松本治一郎その人ということになるかもナ。
ぶっちゃけ言えば、未だにそして将来もこの日本系同和と朝鮮系同和のウラでの連帯・協力・互助、そして表裏を問わない情報交換、資金の融通、提供、援助等々、さらには朝鮮労働党や中国共産党との深い繋がりなどは、彼らのイデオロギーを鑑(かんが)みると全くの必然ということになるんじゃヨ。
あの中国の首相であった李鵬が言ったとされる「日本などという国は20年後には溶けてなくなる」の意味するものが、ここへ来て身に沁みてわかろうというものじゃナ。
中国共産党は日本国内の実状を良く把握しておるのじゃ。もちろん朝鮮労働党もナ。何といっても中国共産党や朝鮮労働党は松本治一郎と共に永きに亘ってスターリン以来の対日工作を継続して仕掛けておったからのぅ。李鵬の言葉を借りれば、日本に残された時間は後10年ということかいナ。現実にはそれほど時間はないぞナ。それは現在の政界の代議士共を見ていればよ〜く判るというものヨ。究極の売国代議士達や国賊マスメディア共が、百鬼夜行のごとく跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しておるわい。
なんといっても奴らの十八番は、嘘・こじつけ・すり替え・詭弁を駆使し、歪曲・捏造・偽善・欺瞞・擬態・隠蔽そして宣伝・洗脳・煽動・脅迫に世論誘導・言論封殺、そして最後には威嚇・抹殺(社会的or物理的に)等であり、これらの手段をT・P・Oにより巧妙に使い分けてきたしナ。
とりわけ某似非宗教団体のやり口なんぞは、この18項目にピッタシカンカンじゃわい(笑)。
しかし、それにしても十八番とはよく言ったもんじゃのぅ。今のを全部合わせると見事ドンピシャで18項目になってもうたわい。しかし、ワシもこんなことにも辻褄を合わせちゃうのがケッコウ上手いのぅ(自画自讃)。まッ、とにかく、そろそろ日本人も党派で代議士を選ぶのはお止めなされ。日本では党名などというモノは、それこそとっくのとうに「欺瞞・擬態」という手段の一つに成り下がっておるのじゃ。例えば野党第一党の「○○党」などは遂に本性を現してきたわい。アメリカの「民主党」とはまったくもって似てあらざる党であるぞヨ。何かとアメリカの「民主党」の名を出すのは、要はイメージを拝借したいからにすぎないのじゃ。最近観察するにこの野党第一党の○○党は、かつての「日本社会党」とほぼ変わらないぞヨ。そして、あの「日本社会党」は護憲・反戦・平和などと叫びながら、実のところ革命を志向していたんじゃからナ。それも当初はソ連が後ろ盾で、今では中国共産党がその代わりを担っておるわけじゃ。
もっとも、現在の日本国民には真の情報がなかなか入らないからのぅ。江藤淳曰く『閉された言語空間』とは本当に言い得て妙じゃのぅ。腐れ果てた代議士共やマスメディア共のおかげによる『閉された言語(言論)空間』というわけかいナ。
そういえば、あの天下の悪法である「個人情報保護法」についても、これらの輩がその本質を巧みに隠蔽しながら、自らの素性をカモフラージュする為の必須の法律だったのだろうヨ。
それが証拠にこ奴らは戸籍を弄(いじ)り、誤魔化し、あるいは消し去って永遠に自らの正体が日本社会にバレないようにして来ており、現行法規のままでは、その行為は果てることなく継続されて行くじゃろう。そのために作った法律であり、これがこの法律の本質なのでア〜ル。
さて、となれば、ウラで多額のお金を動かしてこの法律を通したのは、誰かいナッちゅうことになるねんヨ(思わず絶句のウルトラ長広舌に自ら呆れ笑い)。

テラダ某:
しかし、ここまで来るとトマスおじさんの推測も、もはや推測とは言えませんぜ(皮肉ッぽく)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
んッ、では何だと言うんじゃ

テラダ某:
こうなると、妄想といった方が適当かも(恐る、恐る)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ガッハッハッハ、なるほどのぅ、その通りかもナ(何故かアッサリと)。

テラダ某:
でも、もしこの推測が当たっているとすれば、例の二つのカルト教団体の二人の教祖は、当然かつての、いわゆる“朝鮮半島系被差別部落民”の出身ということになりまっかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そういうことになるかのぅ(お惚けで)・・・・・・。

テラダ某:
でも冷静に考えてみると、ユウレイの証言とユウレイからユウレイへの伝聞とユウレイの推測ばっかしでんナ〜、いくらバーチャルの世界とはいえ、そしていくら辻褄が合っているとはいえ、こんな奇想天外な話は誰一人信用する人はおらんのとちゃいまっか〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それもそうだな、まあ〜、それでええわい。おいッ、ところでテラダ某ヨ、今回のような話しをしていたら、、この辺でそろそろ例の“噂の玉手箱”を開けたくてムズムズしてきたわい。

テラダ某:
そうッすよネ〜、なんだか、ダークで、へヴィーな噂話と推測ばっかしでんもんネ、この辺でチョット、タッチを変えてみやせんかネ〜、イッチョウ。それも明るくネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃナ〜、ほんじゃ〜目イッパイ明るくいくかのぅ・・・・・。 ARE YOU READY だぞヨ

テラダ某:
OF COURSE YES I‘M READY! でござんすヨ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほんじゃ、まず、小手始めに一発いくか〜。
そうそう、この前、チィ〜と言い忘れたことがあったでナ、これからいくかのぅ。例のA新聞の『中国の旅』を著したH・Kだが、ヤッパし朝鮮半島人らしいぞヨ。

テラダ某:
へ〜ッ、ヤッパしでっか〜、いや、実はネ、しょっちゅうテレビに出てはります与党○○○○党の元警察官僚上がりの、あのパチンコ利権にしがみついている“牛乳瓶の底の如き眼鏡”のおっさんのH・Kもやはりコリアンらしいんでんがナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほうか〜、そんじゃ〜、ワシももう一発いくぞヨ。これじゃわい
野党第一党の○○党の元党首のO・K、あれもアチラさんらしいぞなモシ。どうじゃナ。

テラダ某:
んッ、では負けずにアッシも言ッちゃうもんネ〜。
例の○○チルドレンをまとめてる、前幹事長の眼鏡のオイちゃんがいるッすよネ、あの方も在日ッちゅう噂ッすヨ〜。名前はT・Tッたかナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おいおい、テラダ某ヨ、これじゃ、まるでアチラさん歌留多じゃのぅ〜、ほんじゃ〜、ワシも次の手札をだすかのぅ〜。何と、官房長官のK・Tちゅうのがおるじゃろう、このお人もアチラのお方らしいわい。

テラダ某:
ではッすネ、噂によりますと〜、新党○○のS・Mもアチャラみたいッすヨ。ついでに言や〜、このお人と仲の良いM・Cッちゅう歌手は両棲類らしいッす。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜ッ、おまけ付きで来たか、やるじゃあ〜りませんか、ではこちらはこういくかのぅ。例の元○○県知事で作家の『何となく○○○○○』を著したT・Yもソレじゃッちゅう、もっぱらの噂じゃぞヨ。

テラダ某:
じゃ〜、アッシは趣を変えて、この手で勝負でんナ、現在は野党第一党の○○党所属だが、元与党の○○○○党にいて超短期間ですが総理の経験もあるH・T、この御仁は同和らしいんすヨ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おッ、今度はその手できたか、では、ワシはオナゴでいくわい、オナゴでのぅ。
財務省の主計官時代に、MDの関連予算をバッサリとカットして、その後北朝鮮がテポドンを発射したんで大恥をコキマクった○○チルドレンのK・Sも、噂によればアッチのお人じゃがナ〜。

テラダ某:
おッ、その手できましたネ、ちょこざいな ではアッシもオナゴでいきやすぜ。 最近ちょこっとだけ防衛大臣をおやりになって、すぐにやめたオナゴで、選挙で国替えをして見事当選した“くノ一”刺客のK・Yもコリアンッつ〜もっぱらの噂でんがナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
むむッ、お主もなかなかやるのぅ、それではワシはこの切り口でいくわいナ。
あの首吊り自殺(他殺)をした農林水産大臣のM・Tで勝負じゃちなみに、このお人は両棲類らしいぞヨ。どうじゃナ、これで決まりじゃろうテ。

テラダ某:
何をおっしゃるウサギさん、まだまだでっせ〜。
それではグラマーなタレントのY・Mと、ならぬ仲になってしまったッつう噂の、運が良いのか悪いのかまだ答えが出ていない野党第一党の○○党の伊達男H・Gで勝負、勝負 んで、この人も朝鮮半島人らしいでっせ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ぬぬ〜、おのれ生意気ナ〜 ようし、負けずにこの手でまたまた勝負じゃ。
前内閣であるF・Y内閣の防衛大臣を務めたH・Yでチェックメイトじゃいかがかナ。ちなみにこ奴は朝鮮半島人という噂であり、バリバリの左翼で“潜りマルキスト”ッちゅう噂だぞヨ。おまけに、あの村○ファンドに堂々と厚かましくも、何と実名で投資しておったそうじゃ。どうじゃ、恐れ入ったか、テラダ某ヨ。

テラダ某:
おッ、トマスおじさん、オマケでエピソード付きとはなかなかやりまんナ〜、ではアッシはこれで勝負しますで〜。
では、元総理大臣でいっちゃうもんネ〜、第五十二代総理のH・Iで、どげなもんすかネ〜。この人も朝鮮半島人でっせ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
こりゃまた、お古い手札できたのぅ〜、では、ワシも言ったるで〜。バルカン政治家といわれたM・Tなんかはどうじゃ こちらもギンギンの朝鮮半島人らしいぞヨ。

テラダ某:
よッしゃ〜、では、アッシはこの手でいきまっせ〜。総理在職期間わずか二ヶ月余にして、病気のため退陣した第五十五代総理 I・Tでいっちゃえ〜ときたもんだ。参ったか〜このお人もアチラなんだもんネ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
何をチョコザイな、ではチョイとばかし存在感は薄かったがナ、与党○○○○党から今では野党第一党の○○党にいる第七十六代総理 K・T ・・・・。これできまりじゃろう、どや、マイッタか以外であろう(自信満々で)。

テラダ某:
参りやしたがナ、トマスおじさん。ここらへんでチト遊びを変えませんかネ、正月も近いことだし双六なんッちゅうのはどないでっかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜、よしよし、なんでも来なされ、双六かいな、よろしい、では“噂の全国選挙区マップの同和・コリアン双六”でもやっか。 よし、ほな、お前さんからサイコロを振りなはれ。

テラダ某:
へいッ、ではいきまっせ〜、あッ、北海道で止まりましたワ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜、よろしい、では北海道選出の同和・コリアン代議士の名を知っているだけ言うてみなはれ、それも民主党所属の衆議院所属代議士に限るというルールでどうじゃナ(意地悪そうに)。

テラダ某:
了解しやした、ではいきまっせ〜。
え〜と、まず北海道一区のY・Tと北海道九区のH・Yッちゅうところでっかネ。こりゃ〜、お二人共アチャラさんらしいでっせ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
なんじゃ、そげなもんかいナ、その程度ならば、今時誰でも知っておるぞヨ。
ではワシも北海道に“サイの目”を合わせるぞ、 ホレッ、どうじゃ おッ、的中じゃぞヨ、よしよし(ユウレイなのでサイの目合わせはお手のものか)。
では、いくわいナ、まずは北海道四区選出のH・Yじゃ。何でもこのお人はアイヌッちゅう噂でのぅ、要するに同和の一員ということじゃて。
ほんで、お次は北海道八区選出のK・Sでどうじゃナ。このお人は噂では在日らしいぞヨ。
おまけにもう一丁いくとじゃナ、北海道七区選出のN・Hでどうじゃ。こちらはオナゴでのぅ、噂では在日らしいぞなモシ。この際、ついでにもう一発どうじゃ、北海道十二区の比例選出のM・Kでいってみるか。
こりゃ〜、在日らしいがナ。 おまけのオマケに最後はこれだぞヨ、北海道十一区の比例選出のI・Tで決まりじゃろぅ ちなみにこのお方は両棲類ッちゅう、もっぱらの噂じゃナ。
どうじゃ、降参か、テラダ某ヨ。

テラダ某:
ふお〜ッ、えらい差をつけられましたがナ、でもまだ諦めませんぜ。では、サイコロをふらしていただきますぜ。おっと、東北に当たりやしたヨ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ふむふむ、よし、言ってみなはれ。

テラダ某:
え〜と、岩手四区のご存知O・Iでどうでっか

トマスおじさん(トマス・H・モア):
なんじゃ、そんなものかのぅ、そんな噂は、やはり今時知らん者はおらんじゃろう
ではいくぞヨ、まずはオナゴの連発でいってみようかナ。青森三区の比例選出のT・M、宮城一区比例選出のK・Kでどうじゃ。 前者は在日で後者は同和ッちゅう噂らしいぞヨ。とにかく選挙制度の「比例代表並立制」の廃止は焦眉の急じゃナ。
それでは、続いて最後のとどめでコレはどうじゃ 宮城五区のA・Jで決まりじゃろぅ。またまた参ったか〜、どんなもんじゃい(尊大に)。

テラダ某:
ギャフン 参りましたがナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
よしよし、素直でよろしい。ワシに勝つのは、いかに日本の正月遊びである双六といえども500年ばかし早いぞヨ。ところでじゃナ、こんなものは氷山の一角にすぎんぜヨ。ま〜ゴロゴロとまだまだギョウサンおってのぅ。キリがないので、この党については今回はこの辺でGAME OVERといくかいナ。楽しみは次回にとっておくかのぅ〜。この党も衆・参あわせるとメマイがするほど沢山おるからナ(苦笑)。
そういえば、この党には松本治一郎の孫にあたるM・Rがおって、党の代議士会長代理をやっておるんヨ。
その他に中央代表選挙管理委員長もやっておるナ。他には部落解放同盟副委員長であり、日韓議員連盟常任幹事でもあるらしいのじゃ。ご活躍じゃのぅ(笑)。まッ、日教組出身のK・Aや他の代議士多数も含めて観るに、この野党第一党の○○党は、まさに、かつての、いわゆる「日・朝被差別圧迫民連合」によって成り立つ政党といえるかもナ。
まさしく、かつての日本社会党そのものになって来ておるようじゃナ。これを機に、この○○党は党名をチョイと長い(笑)が、「日・朝被差別圧迫民党」とでも党名変更をするべきじゃナ(失笑)。
つまり、相も変わらず、あの松本治一郎が率いていた同和の党であり、どうやらO・IやH・YやK・Nも、“獲らぬ狸の皮算用”よろしく、既に政権奪取が可能なおつもりでいる(冷笑)みたいじゃナ。
多分その暁には、O・I、H・Y、K・Nによるコリアン三頭政治ッちゅうことになるのかいナ。もしかすると、元党首のO・Kも加えてコリアン・カルテットを結成し、“部落民ブルース”でも奏でるおつもりかもナ(大笑)。その場合、作詞・作曲とヴォーカルは歌手のM・Cが担当するッちゅうのはいかがかのぅ(大笑)。ついでに、あの新党○○のS・Mが飛び入りで“太鼓持ち”よろしく、カン違いして場違いのコンガなんぞを持ち込んで叩きまくり、ムードをぶち壊してはしゃいでるなんちゅうシーンは想像しただけでオモロくて笑えるわいナ(爆笑)。ところでじゃナ、話はチョイと変わるが、何しろ今では、日本人がかつての被差別圧迫民に逆差別を受けている時代じゃからのぅ。かつて巷間でいわれた被差別圧迫民達は、今や国から数々の特権や保護を受けており、ケッコウ良い生活をしているらしいぞヨ。
何といっても年間トータルで総てを換算すると、お国はなんと5000億円もの同和関連予算を投入しておるそうじゃ。じゃからオイシイ想いをしたいばっかりに、“似非同和”なんちゅう輩が後を絶たないのじゃヨ。例の「派遣村」とかに溜まっておったり、企業に即解雇されたりしている人々や自殺する中小・零細企業主の大部分が一般日本人らしいからナ。今や路頭に迷っている一般日本人こそが被差別圧迫民と言えるのじゃ。ッたく、これら同和はいつまでも、どこまでも国にタカリ続けおってからに、この後に及んで何が被差別圧迫民じゃ、笑わすナ!と言いたいわい。それは昔の話で、今は全然違うじゃろうが。

テラダ某:
ふィ〜、汗が吹き出てきましたがナ〜。ちょっくら趣向をかえませんかネ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それでは、昔の日本社会党の燃えカスの如き、また朝鮮労働党日本支部そのものの如き「社○民○党」の噂でもすっか〜。
まずは、この党にいたオナゴのD・Tだが、なにやら学歴詐称の疑いがあったらしいぞヨ。それも関西の某有名私立大学である「同○社大学」卒業というナ・・・・・。
なんでも噂によると、「同○社大学」から抗議を受けて謝罪したらしいのじゃ。これは表には出ておらんそうだがナ。さらにじゃナ、このD・Tが衆議院議長当時に、そしてその同時期の総理大臣であった M・T(今をときめく「田母神論文問題」で注目された“例の政府見解”の張本人)も絡んで現社○民○党党首のF・Mが、かつて弁護士資格を取得するに当たって、このお二人、つまりD・Tと M・Tが不正を働いた結果、その資格を取得できたッちゅう噂を地獄界で閻魔大王から聞いたんじゃヨ。何の不正かと言えば、戸籍についてのことらしいのじゃヨ。

テラダ某:
どうせ、ただの噂でしょ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それは、そうなんじゃがのぅ〜、“火の無いところに煙は立たん”じゃろうて。それにこの党は相変わらず何かおかしいわナ。あのオナゴのT・Kにしても、元赤軍派ッちゅう話じゃし、かつて「ピースボート」にいたらしいんじゃが、ここはなんと極め付きのカルト団体であるアメリカの「KKK」から資金援助を受けているらしいぞヨ。ちゅうことは、おそらく日本の某似非宗教団体や某擬似○○○○教団体も絡んでいるかもナ。
それにしても党首のF・Mにして元中核派だそうじゃしナ。それにT・Kなんぞは相も変わらず、ホンマに「テレビ○○」によくご出演なさっておるわい。まッ、やはりお互いのDNAとイデオロギーの成せる業(わざ)かいナ。ちなみにこのT・Kじゃが、両棲類らしいぞヨ。ひょっとするとF・Mもそうかいナ。

テラダ某:
でも、いくら閻魔大王からの噂といったって、しょせん地獄界もバーチャルの世界ですからネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それを言っちゃ〜、お終め〜ヨ

テラダ某:
それもそうっすネ。 でッ、他にはどんな噂があります〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうじゃナ〜、では、サブプライム関連損失の話でどうじゃ。世界全体でどれ位の損失額があると思うかナ

テラダ某:
そうっすネ、日本の新聞には、確か200兆円以上250兆円未満と載ってましたヨ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
アホかいナ、うッしッし〜、実はのぅ、な〜んと600兆円以上あるらしいぞヨ(薄笑)。

テラダ某:
げ〜ッ(驚いて)また、デタラメを言いなすってからに。そんじゃ〜、お先真っ暗じゃないッすか。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
信じる信じないはお前さんの勝手じゃヨ。ヒッヒッヒ〜(冷笑)。ひた隠ししているが、あの中国も大損したらしいしナ、それを加えればそんなモン位には軽〜くなるじゃろうて、そんなに驚く程でもないわい(平然と)

テラダ某:
そんな途方もない額なんぞは考えたくもないし、どうにもピンときませんがナ〜。
もう他の噂話にしやしょうヨ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
よしよし、ほんでは、腐った某有名私立大学の話でもすっか。

テラダ某:
んッ、それってどこぞの大学のことでっかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まずは、池袋の西口にあるミッション系の「立○大学」の話じゃナ。なんでも某擬似○○○○教団体にすっかり汚染されておるらしいぞヨ。
ついで、三田の「慶○義○大学」のことだが、ここは某似非宗教団体に相当汚染されておるそうじゃヨ。
もう一つおまけに言えば、皇室御用達の目白の「学○院大学」じゃが、またまたこれも某似非宗教団体によって汚染されておるのじゃが、とにかくこの大学が一番酷いらしいのじゃヨ。

テラダ某:
どこがどう汚染されてんでッかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そりゃ〜、大学そのものじゃナ。つまり、理事達や教授達ッつ〜ことになるわナ。
幼稚舎のある名門私立大学が狙い目らしいぞヨ。ホレッ、奴ら(はて、誰のことでしょう)が金に飽かして不正入学できるじゃろうて。

テラダ某:
では、理事や教授がそれらのカルト教団体の信者なわけでんナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
フムッ、どんどん増殖しとるッちゅう噂じゃナ。金の力は凄いのぅ〜(呆笑)。まッ、特に理事が酷いらしいんヨ。

テラダ某:
もう〜、むかつくナ〜。チッと角度を変えた噂話にしやせんかネ、トマスおじさん。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
よかよか、ではそうするかナ。次の話はチト古い事件じゃがのぅ、金大中事件というの憶えておるか
実はのぅ、あの頃韓国ではナ、時の全斗換政権が、韓国国民の儒教的パラダイムに楔を打ち込むためにキリスト教系の宗教を起こし、なんとこれを韓国国内に広めようと画策したらしいんじゃヨ。
ンデのぅ〜、ウラで日本のとある代議士に力を貸してくれるように頼んだらしいんじゃ、それで結局、日本の右翼(左翼との二刀流だったわけかヨ)として有名な“自分の屋敷に飛行機で突っ込まれた”というK・Yが先頭に立って汗を流し、で、資金提供したのは、競艇で有名なあのS・Rらしいのじゃヨ。
ちなみにこのお二人共にアチラさんという噂じゃがナ・・・・・。
そんでじゃナ〜、この宗教団体こそ現在の某擬似○○○○教団体という噂なんじゃヨ。ホンデ金大中はこの団体の日本支部の信者だったらしいのヨ。しかも、その当時にこの団体の日本支部は、なんと北朝鮮工作機関に既に乗っ取られていたという、モッパラの噂でナ・・・・・。じゃから大統領になってからの政策も、従来とはコロッと変わった容共政策になったわけヨ。それで次の大統領もその政策を継続してるうちにドンドン北の工作機関に浸透されちまったらしいぞヨ。それも例の某擬似○○○○教団体と某似非宗教団体が絡んでナ。まッそんな理由(わけ)で金大中はあの当時、既に北朝鮮の思想的影響を受けていたらしいんじゃヨ。だから、韓国の情報当局が強引に日本から拉致したらしいわい。それにしても、このカルト教団体は間違いなく北朝鮮の工作機関と思われても仕方がないのぅ。まッ成り立ち自体が日・朝の被差別部落民によるらしいからナ。

テラダ某:
ふ〜ん、なるほどネ、ま〜、嘘か本当かは知りませんが、一応承(うけたまわ)っておきまっかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
また、すぐ水を差す、せっかく持ってきたオモロ〜な噂なのに〜、もう〜。よし、次はこれでどうじゃ。
実はのぅ〜、今度は例の“毒饅頭じいさん”ことN・Hの噂なんじゃがナ。

テラダ某:
ところで、そのオッサン、何で引退したんすかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ありゃ〜、確か、自民党総裁選で「自らの退路を絶ってK・Jと刺しちがえる」と宣言した後に引退したんじゃろぅ。ほんで、その潔(いさぎよ)さにマスコミが拍手喝采したんだはナ。しかしこれはN・H一流の建て前であり綺麗ごとらしいぞヨ。でも噂によるとじゃナ〜、N・Hの元秘書k・Yが絡む105億円の手形詐欺事件や、同事件の被告であるG・Tから5000万円を受け取っていたり、「立体駐車場」に関わる疑惑を闇に葬り隠蔽するための引退らしいのじゃヨ。
ほんでじゃナ、更なる別の噂によるとN・H引退の最大の原因は、元Y町長であるN・YがN・Hを脅迫したことにあるらしいんじゃヨ。なんでも、N・Hは70歳になったら選挙地盤を譲るッちゅう密約をN・Yにしてたらしいんじゃが、N・Yはそれを反故にされたらしいんじゃヨ。
んで、このN・Yは北朝鮮とは親密な関係で、過去何度も○○農協保管の古米を北朝鮮に献上した実績があるらしいんじゃナ。

テラダ某:
へ〜、でもそれが何でN・Hの引退に繋がったんすかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それはじゃナ、N・Yが古米献上のプロセスで、実はN・Hが北朝鮮と交わした約束があってナ。それを知って不信感を持ち、N・Hに引退を迫ったッちゅう噂じゃヨ。

テラダ某:
では、その約束の内容ッつぅ〜のは、どないなもんなんでッかネ〜(興味津々で)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それはユウレイ界の噂によるとじゃナ、「N・Hが日本から最大級の賠償金を引き出すから、その一部をN・Hにキックバックする」ッちゅう約束を北朝鮮と交わしていたらしいんじゃナ。

テラダ某:
ふ〜ん、ホンマかいナ〜、でも、今の日本じゃどこにでも転がっていそうな話でんもんネ〜、まッ、噂の一つとして窺っておきまっさ〜。
ところで、トマスおじさん、このおっさん何やら自らを“戦争の語り部”などと称してテレビの報道番組等に出演してまんがナ。
それに今回のメッセージでトマスおじさんがおっしゃっていた「日本は中国を侵略した」とか「あの侵略戦争は日本の軍閥と軍国主義のせい」とか「日本人民は軍国主義の被害者だ」とかのフレーズとピッタリ重なる言い方をいつもしてまんがナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ホレッ、じゃから言うたじゃろうが、何度も言うけどほんにお前さんはおバカさんじゃのぅ〜
だッから〜、このN・Hはさっきの松本治一郎と同じ同和出身じゃろうが〜。松本と中国共産党の関係をさっき話したばかりじゃろう、ホンにアルツハイマーじゃないのか・・・・・。
推測してみんしゃい、このN・Hは松本のパイプを引き継いでいる代議士達の一人にあたるんじゃろぅ〜ヨ。じゃから、巷では媚中・媚朝政治家と囁かれておるんじゃヨ。

テラダ某:
お〜ッと、(手を叩いて)な〜るほど、スコ〜ンッとこれで頭の中がスッキリしましたがナ〜。でも、噂でしょ〜、ウ・ワ・サ・・・・(疑惑の眼差しで)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
“信ずる者は救われる”と言うじゃろぅ。ところで戦争の話が出たついでに、最近日本では「靖国問題」の話を聞かんナ〜、どないなっとるんじゃ。テラダ某ヨ。

テラダ某:
前回の「WGIP」についてのあの内容を読めば、A級戦犯だとかを論じること自体がナンセンスな筈ですがネ。そもそも、中国共産党の圧力で参拝を中止した肝っ玉の据わってない日本の首相がいけないんすヨ。
参拝するとその首相の知っている中国高官の立場が無くなるので、参拝を中止したらしいんすがネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
どなたかナ その日本の首相は。

テラダ某:
“風見鶏”とあだ名が付いたN・Yですぜ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ッたく、情け無いのぅ〜、ああいう輩を見掛け倒しッちゅうんじゃヨ。一体全体、股座(またぐら)におチンチンがついとるのかのぅ〜。まッ所詮ついとったにしても、どうせフニャチン、フニャマラの類だろうヨ。

テラダ某:
(しっかし、トマスおじさんも最近はお下品だナ〜)どちらにしてもロクな持ち物じゃないッすよ〜、たぶん、
第一、そんなキモイもん見たくないもんネ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ガッハッハッハ〜(大笑)、そりゃ〜、お互いさまじゃわナ。お前さんだってロクな持ち物じゃないじゃろ

テラダ某:
(ドキッ)図星でんがナ〜、読心術の他に透視術も駆使してきやしたネ、このおっさん。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
N・Yといや〜、あのY新聞のオーナーであるW・Tとはご昵懇(じっこん)らしいのぅ〜。
じゃが、あいつも最近オカシナことを言い出したがナ、ほれッ、何やら日本の首相が靖国神社に参拝するのは、W・TがY新聞以下全グループを挙げてでも許さないとかホザイテおったじゃろぅ。
こういう輩こそが前回の我らのメッセージを読むべきなんじゃヨ、ッたく
最近、ご高齢のせいで焼きが回ってきたんかいナ。おッ、そうじゃ、そう言えばあ奴は昔、若い頃バリバリの共産主義者だったらしいじゃあ〜りませんか。
ひょっとして、今では“隠れマルキスト”として世間を欺いているんと違うかナ、怪しいのぅ〜。
それに、N・Yも言ッとったんだがナ、このW・Tも例の「東アジア共同体」なんちゅう代物に賛成しとったわい。
こりゃ〜、ダメじゃ、やはりマルクス主義のバイ菌が頭の中にまだまだ残留しとるんじゃろうて・・・・・。

テラダ某:
へ〜ッ、あの御仁は昔「アカ」だったんでっか〜、だから最近のY新聞はちっとオカシイんすかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜いッ、そんでナ、都知事で作家のチィ〜とばかし生意気な御仁がおるじゃろぅ。この御仁も以前に何かオカシナことを言うとったぞ。

テラダ某:
えッ、なんか言うとりましたでっか
あのお人もしょっちゅうお口が滑りまんがナ〜、口にチャックでもしとかんと、聞いとる方も冷汗もんでんがナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
こんなことを言うとったがナ、東条英機が自殺を図った時の話でのぅ。「自殺に使ったあの拳銃は威力が弱くて撃っても死ねる代物ではない、あれは狂言だ云々・・・・」てなことを言うとるんヨ。随分と冷酷な話じゃないかナ、テラダ某ヨ。

テラダ某:
まッ、あの裁判(東京裁判)自体は要するに茶番劇だったんッすが、アメリカは日・米戦争が終わる前から、天皇は罰せずに生かして日本統治のために利用すると決めていたわけッすヨ。
もちろんそれを知るよしも無い立場だった東条英機は、最後まで天皇をかばい、自らが全責任を被る決意で生き恥を曝していたんすヨ。実に哀れを誘う話ではありやせんか・・・・。 
日本人が少しでも、この様な気持ちが持てるようになることを祈りたいッすネ〜(殊勝に)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
うん、うん、そうじゃのぅ。お前さんも良いところがあるわいナ〜、少しは見直したぞヨ。
おいおい、話はガラッと変わるがナ、例の某擬似○○○○教団体じゃがのぅ、噂によるとじゃナ相当代議士共に食い込んでおるナ〜。
例えば野党第一党じゃがナ、現職もいれば、元代議士もおるんじゃが、例をあげればH・T、S・T、S・M、K・Y、K・H、前代議士でS・Y、同じく前代議士のN・Y、M・K、とかで、次には与党の○○○○党じゃが、N・H、O・H、H・H、N・J、K・K、W・M、F・GやM・B、H・K、Y・T、Y・Kとか、とにかく多いんじゃヨ〜、これが・・・・・。以上衆・参と男女の区別なく上げてみたがナ。
まッ、この団体のパーティーに出席したり、祝電を打ったり、献金を貰ったりッちゅうことをしておるらしいわナ。中には某擬似○○○○教団体と知らずに出席している、のん気な代議士もおるらしいがナ。ま〜酷いもんじゃヨ。

テラダ某:
この分じゃ、やはり日本ももう終わりでっかネ、ホンといけませんネ(憮然)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほんじゃ〜、気分を変えて次にいってみっかナ(元気良く)。たまにはマル暴の話でもすっかのぅ〜。

テラダ某:
おッ、任侠の世界の話でっかネ、まってましたヨ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
どこまでいっても、ホンにお前さんはお人よしのおバカさんじゃのぅ(冷笑)。

テラダ某:
えッ、と言いますと

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ワシも日本の任侠映画は好きじゃけんに、ギョウサン観たわいナ。あの様な映画の世界は今では夢物語ヨ、とっくのとうに終わっておるわい。だいたいがナ、日本全国のマル暴構成員の九割がたが同和とコリアンで占められているらしいぞヨ。

テラダ某:
ゲ〜ッ、うっそ〜、ホナ、日本人の渡世人はたったの一割なんでっか〜

トマスおじさん(トマス・H・モア):
その通りじゃ その一割のヤッちゃんの内の大部分が、関東のヤッちゃんらしいぞヨ。それにのぅ、今では“ヤクザ”ではなくて、“マフィア”といったほうが正解じゃろうテ。
おまけに北朝鮮の工作員も兼ねてるッつぅ、もっぱらの噂ヨ。日本ヤクザの名も地に堕ちたがナ。もちろん例の二つのカルト教団体ともウラではご昵懇らしいしナ。

テラダ某:
で〜ッ、その九割の内訳ですが、同和とコリアンの比率はどないなってまんねん。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
うんうん、なんでものぅ、その内の七割が同和で、残りの三割が朝鮮半島人らしいぞヨ。

テラダ某:
ほ〜ッ、ヤクザの世界もドエライさま変わりでんナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
だッから〜、もはや“ヤクザ”では無くて“マフィア”だといったじゃろうテ。 おッ、そうそう、例の日本最大のマル暴組織であるY組の現在下獄しておる一番お偉いお方は、なんでも両棲類というもっぱらの噂じゃヨ。そんでのぅ、その留守をアズかっておるエライお方も同じく両棲類らしいがナ。

テラダ某:
アッシがいつも言うように、同じ人間であるからして、その辺の話はどうでもいいんでござんすがネ。アッシが一番腹が立つのはですネ、なんでもこの組は、全国制覇を目指してヤクザ組織を一本化しようとしたらしいんすがネ、今時戦国時代の国盗り物語じゃあるまいに、時代錯誤もいいとこッすヨ。この業界にもギョウサン進出してからに、違法行為のオンパレードでホンマに迷惑この上ないッすヨ。いくらカモフラージュしたって、アッシには一発で見抜けますからネ〜、ッたくまぁ〜、我々の業界だけではなく昼間の世界の堅気さん達も大迷惑してると思いますがナ。彼らのフロント企業のおかげでネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そんなに酷かったのかナ

テラダ某:
そうッすヨ、ただでさえ世間様から懐疑的に見られてきた世界なのに、ここ一連の彼らの成せる技により、この、俺らの業界の評判は決定的に落ちるところまで落ちたんじゃないッすかネ。マジメにやってきたアッシとしてはホンマに許せませんぜ(憤ッて)。昼間の世界だって、やれファンドとかで巨額のウラ金が資金洗浄の為に蔓延って、おかげさまで世の中めチャクチャでんがナ。あのK・J内閣の時の現在慶○義○大学のT・Hという輩は、最低の学者センセイでっせ〜。そういや〜、このお人もコリアンというもっぱらの噂でんナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ま〜ま〜、そんなに興奮せんと、少し落ち着きなされ。
ところで、チョイと話しはそれるがのぅ。例の野党第一党の○○党の党首O・Iや、またまた例の“毒饅頭じいさん”のN・Hはマル暴組織と相当なご昵懇(じっこん)という噂じゃのぅ・・・・・・・、世間の一部ではナ。
そんで、このO・Iは“省の中の省”といわれたあの大蔵省のかつての事務次官であったS・Jと例の“金の延べ棒オヤジ”のK・S共々、またまたご昵懇だったらしいぞヨ。
なんでもあの「日本列島改造論」以来、建設族として利権を独占していたもんで、このS・Jとつるんで道路建設の予算をバンバン廻してもらい、その見返りとしてこのS・Jに相当額のお金が流れたという噂じゃヨ。
まッ、噂が本当ならば史上最悪の国賊官僚と言えるかのぅ。 なんせ、もとは国民の税金じゃからナ。
もっともK・SもO・Iも当然の如くご相伴に与ったのは間違いないらしいがナ。
あッ、そうそう、忘れるところじゃッたわい。このS・Jもやはり朝鮮半島人というもっぱらの噂でナ、とにかくこれに限らず戦後から現在に至るまでの日本は、これらギョウサンおる寄生虫共に喰われっぱなしというわけヨ。

テラダ某:
ふ〜ッ、いくら噂とはいえ段々へヴィーになってきまんナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ついでに、もチットへヴィーなやつをいくかいナ。またまた話は飛ぶがナ、例の「松本サリン事件」じゃが、なんでも本来のターゲットは、静岡県富士宮の大石寺だったッつ〜噂なんヨ。

テラダ某:
はッ、それってどういうことでっかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
なんでも、あの「松本サリン事件」の現場の地形が富士宮の大石寺がある場所の地形とそっくりらしいんじゃヨ。ほんでナ、実のところその予行演習(シミュレーション)だったらしいという噂でのぅ。

テラダ某:
何で、○○○真理教が大石寺を狙うんでっかネ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そりゃ〜、ワシもI DON‘T KNOW じゃヨ。
お〜、そうそう、ところでのぅ、 この○○○真理教の教祖さんは両棲類というもっぱらの噂じゃぞ(わざと話をはぐらかして)。

テラダ某:
しかし、あの「地下鉄サリン事件」を含む○○○真理教の犯罪について、何故「破壊防止法」が適用されなかったのか未だに理解不能ですぜ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜、そうじゃったのぅ、失念しておったわい、それについては地獄界で最新の噂を仕入れたぞヨ。
あれはのぅ、なんでも、当時の法務大臣で元警視総監経験者であったH・Aが、指揮権発動をチラつかせて破防法の適用を断念させたらしいのじゃ。
ほんで、これは例の“金の延べ棒オヤジ”のK・Sの強い意向でそうしたらしいんじゃがナ。ちなみにじゃナ、このH・Aは例の某似非宗教団体の熱心な信者だったらしいぞヨ。ほんで、このお人も朝鮮半島人という噂じゃナ。もちろん、K・Sと某似非宗教団体とは超ご昵懇だったらしいしナ。

テラダ某:
ふぇ〜ッ、しかし噂とはいえ、これまたへヴィーでんナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほな、更にへヴィーな話をもう一発いくかのぅ〜(くどい)。○共連合ッちゅう〜団体の名前を聞いたことがあるかナ

テラダ某:
へいッ、何やら右翼団体ッつぅことは聞いてますがネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
それがのぅ、違うらしいぞヨ、実は日本の右翼を標榜しながら、本当のところは北朝鮮の工作機関であるとの噂があるんじゃヨ。
そして、例の某擬似○○○○教団体も同じ類で、この両方は密接に繋がっているらしいんじゃナ。
ほんでじゃのぅ、なんとあの例の某似非宗教団体も同じ類らしいんじゃヨ。そうそう、そう言えば例のホリエモンの「ライブドア事件」に絡んで殺されたらしいという噂のNは、この某似非宗教団体だけではなく、この某擬似○○○○教団体の資金も併せて運用しておったッちゅう、もっぱらの噂でのぅ。

テラダ某:
ふ〜ッ、しかしホンマにへヴィーな話が続きまんナ〜。
あッ、でも所詮は噂でんもんネ〜、気楽に受けたまわっておきまんがナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
何度もいう様にそれはお前さんのかってじゃがナ、なんでもこの○共連合とのっぴきならぬ関係にある代議士が、与野党を問わずギョウサンおるらしいんじゃわい。
この団体は、狙いを付けた代議士に秘書まで送り込んでいるという噂でナ。そして、最後はこの秘書共に政治家になるよう指示しておるらしいんヨ。沢山いる代議士の中から一人だけ挙げればのぅ、与党○○○○党の防衛庁長官経験者であるE・Sッちゅうのがおってナ、複数の秘書を送り込まれていたらしいわナ。

テラダ某:
しかし、右翼と思ったら、実は左翼だったなんて究極のパラドックスでんがナ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
つぅ〜ことよりも究極のカモフラージュっちゅうことかいナ。

テラダ某:
しかし、世の中どないなってまんねん、訳が解からなくなってきやしたぜ、ホンマに

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほなッ、しつこく、もう一発へヴィーなのをいくかいナ(段々元気良く)
チョイとばかし古い話じゃが、1991年のM・K内閣の時のことじゃがのぅ、確かこの時の内閣の顔ぶれは外務大臣が副総理を兼ねていたミッチーことW・Mの時の噂話じゃヨ。
他の閣僚としては、大蔵大臣が現在野党第一党の○○党に所属するH・T、同じく元与党に所属し、今は野党第一党にいるズーズー弁のW・K、それから建設大臣が例の両棲類Y・Tで、内閣官房長官は同じく両棲類と噂されている与党のK・Kという顔ぶれの内閣の時の噂話でもあるぞヨ。
実はこの内閣官房長官なんじゃがのぅ、この役職はいわゆる金庫番でのぅ、機密費を自由に使えるらしいんじゃナ。そんで、ここからが本番なんじゃが、この時にウラで半端ではない金額が北朝鮮に流れたらしいんじゃヨ。なんでも総理のM・Kと官房長官のK・Kとこの当時の内閣法制局長官だったK・Aらがそれを画策し実行したというとんでもない噂があってのぅ。いやはや、これも地獄界で聞いた“ウ・ワ・サ”なんじゃがナ。とにかく、オッタマゲタわい

テラダ某:
ふ〜ッ、益々へヴィーでんナ〜、いったいいつまで続くんでっかネ、この“ウ・ワ・サ話”は・・・・・。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まあまあ、待ちんしゃい、もチィ〜と聞いておくんなはれ。
第八十一代の内閣総理大臣である日本社会党のM・Tの時なんぞは、そりゃ〜酷いもんだったらしいぞヨ。M・Tを始めとして外務大臣のK・Y、運輸大臣のK・S、自治大臣の“毒饅頭じいさん”ことN・H、内閣官房長官で日本社会党所属のI・Kに内閣官房副長官で新党さきがけ所属のS・Hと同じ党所属の今では引退している元大蔵大臣T・M等々が、やはり北朝鮮にゴッソリと「内閣官房機密費」を、さらにそれだけではなく、こ奴らが大臣をやっている省にも存在する「官房機密費」までもウラで送っていたという噂なんじゃよ。
しかもじゃナ、北朝鮮からその御礼としてかなりの金額をキックバックされておったという超特大のウ・ワ・サでのぅ(冷笑)。もちろん先のM・K内閣の時もしっかりとキックバックされておったらしいぞヨ。
しかし、唖然とする噂じゃナ。

テラダ某:
まったく、ホンに超へヴィーでんナ〜、聞いていて肩がコッテきましたぜ。
でも、もしこの噂が本当だとすれば、これらの代議士達は究極の「走狗・国賊・売国奴」ッつ〜ことになりまんナ〜。
いくら噂話にしても、万が一本当ならば日本人としては絶対に許せない話ッすよネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜、そうじゃろう、そうじゃろう。ではもう一発サービスするとするか、ナ〜ニ、O・K内閣の時の噂話じゃがナ。まッこの御仁は既に故人じゃが、今では娘子が地盤を継いで代議士になっておるわいナ。
んでッ、この内閣の時の大蔵大臣が総理経験者のM・Kで、内閣官房長官が“戦争の語り部”と自称する例の“毒饅頭おやじ”のN・Hで、内閣官房副長官があの「宗○ハウス」で一頃騒がれたS・Mで経済企画庁長官がI・Kだったんじゃが、このI・Kには、やはりO・K内閣とM・Y内閣で経済企画庁長官を務め、K・J内閣では内閣特別顧問であったS・Tが絡み、やはり北朝鮮に超多額のお金を廻し、それによるキックバックを受け取っていたッちゅう、もっぱらの“スペシャルな噂話”があるんじゃヨ・・・・・。
それでじゃナ、確かこのS・Tは『油○!』、『団○の世代』、『知○革命』等の著作を始めとして、色々書いておるんじゃが、そういえば例の外国人の1000万人移民を唱えに中国詣でをしたりしておったが、やはり南出身のコリアンという噂じゃが、なんのことはない、もしこの噂が本当なら、やはり“相当悪質な「走狗・国賊・売国奴」(笑)ということになってしまうわナ。

テラダ某:
ウッヘ〜、ホンマにどないなってまんねん(ゲンナリ)

トマスおじさん(トマス・H・モア):
もちろん、その他の内閣でもケッコウやっておったという噂でナ、とにかくトータルすれば超半端ではない額が北朝鮮に渡り、超半端ではないキックバックが乱れ飛んでいたッちゅうことになるわナ。

テラダ某:
トマスおじさん、お願ぇ〜しますヨ、も〜チット軽い噂話にしておくんなまし(苦笑)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜、よかよか、よかバッテン、それでは気分転換にライトな話でいってみようかのぅ。ほんでは経済界の噂話でもしてみっかナ。
では、日本最大の総合広告代理店であるD社からいってみようかのぅ。ここの創業者はM・Hという御仁じゃが、なんでもバリバリのマルキストだったらしいぞヨ。もちろんコリアンッちゅう噂じゃがナ。そして中興の祖である、第四代社長のY・Hも同じく朝鮮半島人らしいんじゃ。そして当然、現会長や現社長もコリアンらしいとの噂でナ。
次にじゃナ、「ワ○○ル」ッちゅう下着メーカーの噂話じゃが、ここの創業者は同和らしいぞヨ。それからNo.1のゲーム機メーカーである「○○堂」の創業者もコリアンという噂じゃナ。
さらには、セラミックで有名な「京○○」の創業者であるI・Kもアチラさんというもっぱらの噂であるぞヨ。
ほんで、「オ○○クス」のオーナーであるM・Yもアチャラさんらしいわい。それに、このお人は極めつけの売国奴という噂もあるがナ。
ことのついでに、格は落ちるがモチットいってみるぞヨ。この前倒産した不動産開発会社の「ア○○ンコーポレーション」の社長であったB・Hもコリアンッちゅう噂じゃヨ。
そういえば、コンサルティング業を営んでいる「○○○○インキュベーター」のH・Kもアチラさんだそうじゃヨ。ほんで、同じくこの前世間を騒がした人材派遣業の大手「グ○○ウィル」のO・Mはもっぱら両棲類の噂があるんじゃヨ。そうそう、ネットオークション会社の大手「○天」のM・Kもコリアンらしいぞヨ。
ほんでじゃナ〜、旅行代理店「H○S」の社長のSもアチラさんじゃナ、で、「A○Cマート」の創業者であるM・Mもアチャラさんッちゅう噂でナ。
それから、耐震偽装で一世を風靡(笑)した不動産開発会社「ヒ○○ザー」の創業者のOもコリアンだし、その提携業者であった「K建設」の社長であるKも朝鮮半島人だし、M・K以下Kまでは例の某似非宗教団体の信者であるというもっぱらのウ・ワ・サでのぅ〜。
ま〜、とにかく数え上げたらキリがないのじゃヨ。 おッ、そうじゃ、私鉄大手の「○○電鉄」の創業者G・Kは同和だそうじゃ。ま〜、同じ関東の私鉄大手の「西○鉄道」の創業者であるT・Kにしても、関西の私鉄大手である「近畿○○鉄道」の創業者であるSにしても、とにかくその経緯や出自に関しては似たりよったりで怪しいもんじゃヨ。おそらく同和じゃろうナ。おっと、また忘れるところじゃったわい、消費者金融大手の「ア○○ル」の創業者オーナーもコリアンという噂であるぞヨ。代表取締役社長であるF・Yも代表取締役のK・Tも両棲類らしいから、このオーナーも両棲類かもナ。とにかく代議士の噂話ではないが、こちらもキリがないぞヨ。今回は、この辺でとりあえず打ち止めにしておくかナ。 ふ〜ッ、さすがのワシもチットばかし疲れたかのぅ(苦笑)。
いや、待てよ、大事なことを忘れておったわい。経団連会長の「キ○○ン」のMがアチラさんらしいし、前経団連会長の「ト○タ」のOもアチャラさんちゅうことだわナ。
も一つおまけに、テレビに良く出る経団連の理事でもあり、教育再生会議の有識者委員にもなっておる、居酒屋チェーン「和○」や老人介護施設の経営をやッちょるW・Mも朝鮮半島人らしいんじゃ。そもそもが、不法に日本へ潜り込んだという噂もあるわい。

テラダ某:
では、そろそろ、今回はお開きということで、どないでっしゃろうかネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
おっとっと、そうはイカのてんぷらよ。

テラダ某:
え〜ッ(ガックシ

トマスおじさん(トマス・H・モア):
では、アングルを変えて、またまたライトな話でいくかのぅ。文士、つまり物書きの噂話でどうじゃナ。

テラダ某:
そりゃ〜、オモロそうじゃないッすか〜(気を取り直して)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
よっしゃ〜、ではいくぞヨ。まず、既に天国に召された御仁からいくかのぅ。有名な推理小説作家であり、共産主義者でもあったM・Sじゃナ。まッ作品としては『小説帝○事件』、『日本の○い霧』、『昭○史発掘』等があるわいナ。ほんで、このお方は両棲類だそうじゃヨ。
お次は、『人○の条件』や『ノモ○ハン』等で知られるG・Jなんじゃが、こちらは朝鮮部落出身のコリアンらしいぞヨ。そんでじゃナ、先だって天国に召された「べ平連」ッちゅう反戦団体でのご活躍(笑)で知られたO・Mも朝鮮半島人じゃナ〜。
そういえば、『冬○旅』のT・Mもコリアンなのだが、これはケッコウ知られておるじゃろうヨ。
でッ、次にじゃナ、作家であり、劇作家であり、巷では“潜りマルキスト”としてご高名(笑)なI・Hも朝鮮半島人らしいぞヨ。お次はオナゴでいくかのぅ。『昭○史の女』や『滄○よ眠れ』、そして『記録ミッド○エー海戦』等の作品で知られるS・Hはアチラ系ということらしいわい。
あッ、そうそう、『ノモンハンの○』、最近では『戦う石○湛山』、『山○五十六』等で知られる、月刊誌「文○春○」の編集長や取締役を経て作家になったH・Kもアチラさんというもっぱらの噂じゃナ。
そういえば『ノモンハンの○』では、最後の解説で作家のD・Sがこの作品をベタ褒めしておったわナ。ついでに言えば、このD・Sは同和らしいぞヨ。
おッ、そうじゃ、このH・Kは最近“毒饅頭じいさん”のN・Hと日曜日の「時事放談」なんかに出たりしておるし、推測するにヒョットしたら両棲類だったりしてのぅ〜。陸軍悪玉、海軍善玉論の権化みたいなお人で、東条英機のことなどはボロクソじゃヨ。ついでに、この文○春○社のオーナーは、何でも「○○塾」というカルト教団体の超熱心な信者だッちゅう噂でナ、しかもこの団体は、以前にも述べたはずじゃが、既に例の某似非宗教団体の傘下であるらしいぞヨ。このオピニオン誌もとうとう汚染されちまったらしいのぅ。どうも最近コンテンツがオカシイと常々感じていたがナ。このブランドもいよいよ近い将来THE ENDッちゅうことかいナ。世も末じゃのぅ・・・・・(呆れ笑い)。

テラダ某:
アッシは学生時代からず〜ッと愛読してたんすヨ。もう購読するの止めるもんネ〜(落胆)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
これこれ、また大人気ないことを言いなさんナ、色々と見て比較した方が勉強になるぞなモシ。
ほんじゃ次へ行くぞヨ。ちなみに、明治までの日本人は素晴らしく、昭和の日本人は最低ッちゅう、ご存知S・Rと、「ノーベル文学賞」でお馴染みの半端ではない日本罪悪史観(笑)の持ち主であるO・Kは日本人なのでア〜ル。今ではなつかしのギターサムライではないが、ざんね〜ん(古ぅ〜)というところかいナ(アテが外れて)。
まッ、この世界もキリがないわいナ〜。これも今回はこの辺で打ち止めじゃナ。どちらにしろ、日本国内にも文学にちなむ賞は多々あるが、各賞の選考委員の中に潜伏している、「日・朝部落民連盟」の“潜りマルキスト”達の駆除から始めないと、おかしな輩が書いたおかしな作品ばかりが受賞することになるんじゃナ。この世界にも例のとある勢力(はて、誰でしょう)が暗に、そして陰に関わっているかもナ・・・・・・。

テラダ某:
しかし、色々と聞いていると噂とはいえ、チィ〜とも軽くないッすヨ(呆れて)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
そうか、ではこの“噂の玉手箱”もそろそろ今回はマスコミの噂話で最後にするかのぅ・・・・。

テラダ某:
ホンマでっか〜、あ〜良かった、毎度のこってすが、もう、疲れましたがナ(急に明るく)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
よッしゃ〜、まずは噂のA新聞でいってみるぞヨ、これは酷いぞなモシ。Uという社主を筆頭に代表取締役のAに常務のOに取締役のKにMにK・H、F・Y、K・T、G・H、N・T、W・H、M・Y、I・Kとかのやれ取締役じゃ、やれ役員待遇じゃ、やれ支社長じゃ等々が、ごっそりとコリアンによるオンパレードになっちまってるッちゅう噂じゃヨ。
次に巷間で小○○と言われるM新聞じゃが、トップの代表取締役会長のKに代表取締役社長のAに取締役副社長のKに専務のM、常務のW、取締役の編集担当のIや同じく取締役の人事・総務のHも含めると、これまた上層部は殆んどアチラさんで占められているという噂でのぅ。しかも両社とも肝心要のポジションをシッカリ占拠しておるわい。
そんでのぅ、ついでにテレビも一発いくかいナ、例の公共放送局で“CHK”(笑)と名称を変更した方がよろしいと言われている局じゃがナ。
少しはコリアンが減ったと言われているが、ここの理事達はまだまだシッカリと要職を握っておるわい。
こりゃ〜のぅ、実は地獄界の、あの恐れおおくも閻魔大王様からお聞きしたお話なんじゃヨ。
そんでナ、閻魔大王様が言われるには、地獄界にも”噂のパンドラの箱”があるらしいのヨ。おかげで最近はワシも消化不良気味じゃヨ。お前さんも今度一緒に行くか〜。

テラダ某:
めッ、 滅相もない、冗談は顔だけにしておくんなまし、ッたく〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
よっしゃ〜、では最後の気力を振り絞って、もう一丁いってみよう

テラダ某:
しかし、このオヤジは、じじいユウレイのくせして底なしのスタミナだナ〜(小声で)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
んッ、何か言うたかのぅ

テラダ某:
(ドキッ)、ヤバイな〜、また聞こえちまったぜ・・・・・・・。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
ほんでは、世論誘導番組の連発でお馴染みの「テレビ○○」にいってみっかナ。やはりここもA新聞の系列だけあってケッコウなもんじゃあ〜りませんか。
まずは社長のK・Mに、専務のK・Kに常務のF・Tに取締役のO・Tと編成担当取締役のU・Mと同じく取締役のAとHに監査役三人の内二人までを含めて以上ぜ〜んぶコリアンじゃナ〜。

テラダ某:
ほほ〜、ナ〜ルホド。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
では、モノにはついでッちゅうことがあるけんネ、定番の“もう一丁”で締めてみようかいナ。
では「T○S」にはいるぞヨ。ふむふむ、ここは、社長は辛うじて日本人のようじゃナ。しかしのぅ、専務のI・SとM・Yに常務のI・Mと同じく常務のI・Yに取締役のK・Sが在日ッちゅうわけかのぅ。このテレビ局も「テレビ○○」と同じで、世論誘導番組が多いわい。特に報道番組においては、日米離間を謀る意図がひしひしと感じられるのぅ。
そんじゃ〜、系列会社の「東○放送」にいってみっかナ。ん、ん、やはりここも社長は日本人のようじゃナ。
だが、しかし専務のK・Kに取締役相談役のW・Kと「T○S」のI・SとM・Yがダブって取締役で入っておるのぅ。そして執行役員のI・MとI・Yも「T○S」とダブっておるわい。同じく「T○S」では取締役だったK・Sが執行役員としてやはりダブりで入っておるわい。
ほんでのぅ、同じく執行役員のK・Sと同じイニシャルになるK・SとN・I等々、やはり以上のお歴々は在日ということで、やはりココも上層部の半分はアチラさんということになるがナ。
こりゃ〜、この会社も「テレビ○○」の如くなるのは時間の問題ということじゃろうて。

テラダ某:
しっかし今回は、噂とはいえバラエティーに富んでいたし、内容もへヴィーだし、タップリと浸らしていただきやしたぜ(ゲップが出そうでんナ)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
でものぅ〜、テラダ某ヨ、今回は最後の方で、いわゆる日本の「閉された言語(言論)空間」の一端を垣間見た気分じゃろぅ(笑)、どうじゃナ。
色々とあ〜じゃ、こ〜じゃ述べてきたが、要するにだナ、日本の戦後レジュームは日本と朝鮮半島(南北を問わず)のかつての被差別部落民達がフランクフルト学派の理論を利用して、当初はソ連(スターリン)、今では中国共産党の対日工作に呼応することによって現在のような日本社会を形成してきたのじゃ。それは日本国家や日本社会の「上部構造」の要路を占めるべく着々と手を打ち、さらにそれを実行してきたッちゅうことなんじゃナ。そして、それは政界・官界・財界・マスメディア・学界・教育界・宗教界からスポーツ・芸能界や闇社会に至るまで、広〜く、深〜くに亘っているのじゃ。奴らのウラの暴力装置である闇社会などは、いち早く、いわゆるかつての日・朝の被差別部落民で占められちまったし、今や衆・参合わせた代議士のほぼ7割から8割がたは、またまたいわゆる日・朝の被差別部落民をルーツに持つ人間達で占められているのじゃ。もちろん彼らだけでは力不足ゆえ、共産主義思想や社会主義思想の病原菌に脳髄を犯された“日本人の同調者や追従者や模倣者”を引き込んで来たのでア〜ル。しかし、それだけでは力(数)が足りず外国人の1000万人移民を企んでいるのじゃ。当然のことながら1000万人の移民ともなれば、それだけの量を供給出来るのは、中国をおいて他にはあるまい。そして間違いなくその中にはカモフラージュした工作員が相当数含まれているのは想像に難くないぞヨ。
日本の人口減少を逆手にとり、労働人口の補完を口実にして、大量(それも中国人)の移民を図り、最終的には小(いわゆる日・朝被差別部落民と中国人)が大(日本人)を呑み込むッちゅう、いわば“逆民族浄化”とでも言うべき状況を作りだすべく、奴らは欺瞞のレトリックを使っているにすぎないのじゃ。
「個人情報保護法」に「国籍法」が既に国会を通り、いよいよ「人権擁護法」や「外国人に地方参政権を与える法律」を通して、受け入れ態勢を整えた後に、最後は1000万人の外国人移民の受け入れッちゅうことに相成るわけヨ。しかしながら、もう既に軽〜く1000万人以上のいわゆる日・朝被差別部落民やその両棲類、さらには合法・不法を問わず、中国人を始めとする外国人がゲップが出る程おるわいナ。
もっとも、サブプライム・ローンから始まった世界の経済危機は、奴らの企みを崩すには好都合ではあるわい。これからは、なによりも日本人に職を与えなければならなくなってきたからのぅ。つまり、もはや外国人移民などは必要ないのじゃ
そもそも、あの中国の首相であった李鵬がしゃべっちまったあの言葉は決して戯言などではなく、思わず本音をポロッと出してしまったのじゃナ。何故ならば、彼は何よりも中国共産党の「対日工作要綱」を熟知している筈じゃからナ。どちらにしろ、このまま奴らの思惑通り日本の状況が推移するようならば、日本人のDNAはいずれ“溶けて無くなる”じゃろうて。
奴らの狙いは日本人のDNAを抹消し、“逆民族浄化(それも上部構造や上層階級からの)”によって中国共産党の造語である、いわゆる「中華民族」(笑)の中に日本人を組み入れて日本を大中華圏の冊封国家(属国)にして永遠に搾取することであり、その為の中国共産党の「日本解放第二期工作要綱」であり、それは今やたけなわであり、現在進行中なのでア〜ル。
ともかく、中国共産(狂惨or凶惨)党と朝鮮労働(牢慟)党を後ろ盾にした、いわば「日・朝被差別部落民連合」とも言うべき、即ち、「かつての日・朝の被差別圧迫民支配による国家」になる寸前の状態が、現在の日本の実情であるのじゃ。そして、核問題を協議しておる「六カ国協議」なんちゅうのは、今では狂言みたいなものでウラでは中・朝は繋がっておる可能性が高いわナ。“日本から金をむしり取る場”という意味では中・朝共に利害が一致するからナ。とにかく日本国内も近隣国も段々メッキが剥がれてきたわい。彼ら(日・朝被差別部落民連合とその背後にいる中国、北朝鮮)は仮装し偽装して欺瞞のロジックを使いながら巧妙にカモフラージュしてきたが、いずれ本性を現すのは間違いないぞヨ(もう既に露見しているか)。
その時期としては、最終的には中国共産(狂惨or凶惨)党の腹一つということになるかいナ。とうとう、案の定、航空母艦まで持つことになったしナ。なんでも大型艦を取りあえず3隻程持つらしいぞヨ。5、6年後になるらしいがのぅ・・・・・・。
しかし、先述したこれらのマスコミは、日本を標的にした吉林省にある核ミサイルについてと同様に、この3隻の空母建造についても全然報じないもんネ(呆笑)。とにかく、いよいよ中国は本気でアメリカさんに、正式に(笑)挑戦するわけじゃナ。ホンマにご苦労さまなこっちゃヨ。まッ、こういう国は一度痛い目にあわんと解からんからのぅ。
もっとも中国が覇権を目指して本格的に動くのは「第三次国共合作」の後であろうがナ。なんでも、噂によれば、既に国民党の馬英九には、台湾の自治を認めるのと、台湾の総統に対しては中華人民共和国副主席の立場を保証するという条件を提示しておるらしいぞ。
つまり、そろそろ台湾がアブナイッちゅうことじゃナ(心配)。もちろん、お次は日本じゃろうヨ・・・・・・。
さすれば韓国は熟柿のように落ちてくるというものじゃ。そうは思わんか、テラダ某ヨ。
ま〜どちらにしろ、現状の日本の国防態勢は裸同然の隙だらけでお寒い限りだし、全くお話にもならんわい。もはや日本の政界はほぼ完全に「いわゆる日・朝被差別部落民連合」の毒気・毒牙により蝕まれておるからナ。ちゅうことは、日本の売国・国賊代議士共は中国の属国になるのを今や遅しと“一刻千秋の想い”で待ちかねていらっしゃるのかいネ(呆れ笑い)・・・・・・・・・・・。
そうか、コリアン系の代議士達には例の小中華思想ッちゅう〜DNAがその昔以来シッカリと刷り込まれているからナ(ナットク)。そして、日本の同和は、筋金入りの反日・反国家思想と共産主義思想の信奉者だったあの松本治一郎ではないけれど、そのDNAをシコタマ引き継いでいても不思議はないか・・・・・・(これもナットク)。更にプラスすれば、日本の政界の代議士達はマネートラップとハニートラップで近隣国に篭絡された“劣情・擬似日本人代議士”達が殆んどということになるのかいナ(これもまた、ナットク)・・・・。

テラダ某:
ヒェ〜ッ(驚愕) もう、アッシは腰が抜けましたがナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
・・・・・・ムッフッフッフ(冷笑)。どちらにしろ日本人は覚醒し、奮起せんとのぅ・・・・・。
概ね最近の日本の若物は競争意識が希薄になり、そこへもってきて「ゆとり教育」ッていうやつで勉強しなくなったしナ。そして、額に汗して働かなくなって来ているのも事実じゃわい。
例のフランクフルト学派の理論を永きに亘って彼ら(もう、誰だか判るでしょう)が実践してきたおかげで日本人はスッカリ堕落させられてしまったぞナ。やたら休日を増やしてからに。
しかし、かつての日本人達の勤勉さは何処へ行ってしまったのかのぅ。そもそも日本人から、「勤勉」さを取ってしまったら一体全体何が残るというのじゃんッ、テラダ某ヨ

テラダ某:
そんなにアッシに当たらないでくださいヨ〜、そういや〜、5、6年前、あるアホ代議士達がのたまわってたのをある新聞で見たことがありやすぜ。休日を増やすのは何でも景気対策の一環だそうすヨ。つまり、祝祭日を増やして三連休を幾つも設定し、国民をしてレジャーにお金を消費させる為らしいんすヨ。
だから、春のゴールデンウイークだけでなく秋にもゴールデンウイークを設定するなんつぅ〜話もありましたがナ。ま〜、国民への人気取りの一つでもあるんでっしゃろうが、それにしても、これが今の日本のアホ代議士共の考えつく景気対策かヨと思うと情けなくなりまっせ〜、ホンマに・・・・。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
要するに、事ほど然様に日本国民は、これらのおバカ代議士共に心底バカにされておるッちゅうことなのヨ。日本の政界の“代議士”達は、一部の“マスコミ”共々日本社会最大の“偽善者集団”と言っても過言ではないわい。

テラダ某:
だいたいが、一般の日本人は殆んどの人達が、もう〜休日なんぞはいらね〜ヨって言ってまんがナ〜。
代議士達は全然解ってないッすヨ〜。本当は自分達が一番休みたいんじゃないッすかネ〜。
そういえば、天下国家を語る政治家がホントいなくなりやしたよネ。そうそう、昔は財界人達にもそういうお人達がいましたよネ。永野さんとか土光さんとかネ・・・・・。
もっとも今の財界人はルーツが「日・朝部落民連合」だったりすッから、日本の国の将来を本気で考えている人物なんているわきゃないか。アホバカ代議士や金儲けが総ての財界人や経済人達の心の故郷は朝鮮半島らしいしネ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
とにもかくにも、日本は教育の根本的見直しが必要じゃナ。ま〜、何よりも最後には、現行の押し付け憲法の廃棄(廃憲)が日本の至上命題だろうナ。なんといっても、これが現状の日本の諸悪の根源ということに尽きるのでア〜ル。
最後に肝心要の部分を再度シツコ〜ク(笑)まとめてみればじゃナ、彼ら松本治一郎(戦後の日本社会に於ける最大・最強の黒幕)以下が、そのバックをスタさんのソ連共産党から途中で中国共産党へバトンタッチしたものの、その対日工作を継続したことにより、フランクフルト学派の思想と理論、すなわち日本では新左翼(ニュー・レフト)思想とその理論とも言うべきイデオロギーと反日・反国家思想が化合したイデオロギーを実践しつつ、その勢力が戦後日本のレジュームを形成してきたのは間違いないところだわい。たとえ松本治一郎がこの世を去っても、その残した遺産()を引き継いだ勢力が日本には厳然(笑)と残っておるのじゃ。あの某似非宗教団体なんぞは、松本治一郎の十八番である、欺瞞・擬態そのものッちゅうことになるかのぅ。何せ、「目的は手段を正当化する」の如く、松本治一郎は某似非宗教団体に宗教法人の認可を取得させる為、まず自らが○○正宗に入信して信徒になっていたらしいからナ(薄笑い)。まッ、とにかく、このイデオロギーと一大利権構造によって構築されている勢力は巨大であり、また巨悪でもあるかもナ。つまり、日本人は戦後これら各界を包含した勢力によって、いいようにやられて来たわけヨ。それもある意味やりたい放題ナ・・・・。

テラダ某:
へいッ、戦後60有余年を過ぎて、やっとアッシもおかげさまで今の日本社会の何たるかが解ったような気がしやすヨ。
でもやっぱし、バーチャルの世界の話でっからネ〜(薄笑)。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
また、それを言う〜(苦笑)。ま〜、どう受け取ろうがお前さんの勝手じゃヨ、勝手

テラダ某:
今回は特に、色々うんちく・能書きを沢山聞いてきましたが、所詮どッちにしろ、全部たかが噂でしょ、ウ・ワ・サ。もう今回はしつこいッすヨ〜、でも、待てよ、今回は推理・推測も入ってきたし、近代史だけでなく現代史も入ってきたり、最後には国際政治も加味されてたりして随分盛りだくさんでんナ〜。なんか最近のこのメッセージ(放談)は三文推理小説や三文空想小説みたいになってきたもんネ。とうとう最後には妄想までは入ッてきたし、どないなってまんねん、アッシは頭がおかしゅうなってきましたがナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
まッ、いろんなエキスがプラスされ、ゴッチャマゼにした方が楽しめるじゃろうて。のぅ、テラダ某ヨ、オモロ〜じゃろう(これも、もう、チト古いか)。
んッ、そろそろ“ベートーベンの第九”と“除夜の鐘”が聞こえてきそうじゃけん、今年はこの辺でお暇(いとま)するかのぅ・・・・・。

テラダ某:
ホンマでんがナ〜、いつまでも長居すると年が明けまっせ〜、とっととお帰りくだしゃんせ。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
うん、そうじゃな、スタさんもいつの間にか居なくなっておるし、それにしても前回の蒋介石もそうじゃったが最近の地獄界の奴らは礼儀をわきまえておらんのぅ、かってに帰りさらしてからに。
では、ワシも帰るぞヨ、さらばじゃ、テラダ某ヨ。来年もよろしくナ・・・・・・(ブチッ)。

テラダ某:
あッ、こちらこそ、来年もよろしくです〜ッて、相変わらず、さんざんしゃべっておいて居なくなるのは速いナ〜。 ブツブツブツ・・・・・・・・・。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
お〜い、テラダ某ヨ〜・・・・・・・

テラダ某:
あれッ、上から妙な声がするナ〜それにリバーブがかかってまんがナ〜。

トマスおじさん(トマス・H・モア):
言い忘れたがのぅ〜、くれぐれも“お命”に気を付けなされヨ〜。

テラダ某:
はあッ良く聞こえませんがナ〜。誰でっか〜 まッ、いっか・・・・・・・。

<註 解>

※1.「GPU(ゲー・ペー・ウー)」

旧ソビエト連邦のスターリン政権下において、反政府的な運動、思想を弾圧した秘密警察で、ラテン文字表記の
「Gosudarstvennoye Politicheskoye Upravlenie」の略称でGPUとして世界的に知られている。国家政治保安部とも呼ばれているが、「ソビエト人民委員会付属国家政治局」が正式訳である。スターリンの死後に廃止された(1953年9月)が、残党は後にKGBとして生き残った。

※2.「ロシアの10月革命」
ロシア革命は1917年の2月と10月にロシア帝国で2度起きているが、特に史上最初の社会主義国家樹立に結びついた10月革命をさすことが多い。ちなみに、「2月革命」、「10月革命」は当時のロシアで使用されていたユリウス暦における表記を基にしており、現在のグレゴリオ暦では「3月革命」、「11月革命」となる。

※3.「ソルジェニーツィン、『収容所群島』」
アレクサンドル・イサーエヴィッチ・ソルジェニーツィン(Alexandr Isaevich Solzhenitsyn、1918〜2008) 
ロシア生まれの作家で1990年代ロシア再生の国外からの提言者である。惜しくも本年8月に他界している。彼は1962年にスターリン時代の収容所の1日を描いた『イワン・デニーソヴィッチの一日』でデビューし、この本が世界的なベストセラーとなった。64年のフルシチョフ失脚から人生が暗転し、70年度ノーベル文学賞を受賞するものの74年2月に逮捕、国家反逆罪で国外追放処分を受けるも、スイス経由で76年9月にアメリカに移住している。著作は多々あるが、日本では『収容所群島』が有名。

※4.「ユートピア」
東『ユートピア:UTOPIA(理想郷)』は、イギリスの思想家トマス・モアが1516年に出版した著作名であり、また、この書に出てくる国の名前のことで「無可有郷」と訳されることもある。ユートピアは、現実には決して存在しない理想的社会として描かれていて、その意図は当時の現実社会と対比させることによって現実批判を行うことであった。このユートピアという言葉は現代では一般的に理想郷という人類の夢のような社会をイメージされがちであるが、トマス・モアの描いたユートピアは非人間的な管理社会の色彩が強い。

※5.「トマソ・カンパネラ」
トマソ・カンパネラ(Tommaso Campanella、1568〜1639)はイタリアの聖職者で哲学者、また自然魔術師でもあり、この中では飛びぬけて政治的で活動的な人物であった。彼の名は様々な意味で先駆的な思想家としてその名を歴史に刻んでいる。代表的著作の『太陽の都』はトマス・モアの『ユートピア』 とならぶ社会主義思想の先駆とされるが、しかしトマス・モアの『ユートピア』は思想というより、現代風に言えば社会派のハードSF(サイエンス・フィクション)に近い。

※6.「プラトンの『国家』」
プラトン(Platon,紀元前427〜紀元前347)は古代ギリシャの哲学者、ソクラテスの弟子でアリストテレスの師である。彼の著した『国家』(『国家篇』とも言い原題は「ポリティア:Politeia」)はプラトンの最も重要な著作物である。この著作は「魂に思慮し、善く生きる」というソクラテスの思想をプラトン中期思想の特徴的イデアを中心に「個人のみではなく国家体制そのものにまで貫徹させよう」という理想国家の発想による創造性豊かな書物である。また、この理想国家の発想は共産主義や先述の『太陽の都』や『ユートピア』等の後世の文学にも多大な影響を与えた。

※7.「ポル・ポト」
ポル・ポト(Pol Pot:本名サロット・サル:Saloth Sar、1925〜1998)は、カンボジアの政治家、民主カンプチア首相、クメール・ルージュ(カンボジア共産党)書記長。膨大なカンボジア民衆を殺戮したため、「メコンのヒトラー」または「東洋のヒトラー」とも呼ばれていた。

※8.「フルシチョフ」
ニキータ・セルゲーエヴィッチ・フルシチョフ(露語スペル省略:1894〜1971)はソビエト連邦の政治家でスターリン死後、ソ連邦の最高指導者としてソ連共産党中央委員会第一書記と閣僚会議議長を兼ね、スターリン批判により、その独裁と恐怖政治を暴露した。非スターリン化に基づく自由化の潮流をもたらし、対外的にはアメリカを中心とした西側と平和共存を画策、核実験を抑制しようとした。

※9.「ニュルンベルク裁判」
1945年11月〜1946年10月にかけて開廷された第二次大戦においてドイツによって行われた戦争犯罪を裁く国際軍事裁判である。最初の主裁判とそれに続く12の裁判(1949年4月まで行われ、一般的には「ニュルンベルク継続裁判」として当初の裁判とは区別されている)で構成されていた。この裁判はナチス党大会が開催されていたニュルンベルクで行われ、日本の東京裁判と並ぶ二大国際軍事裁判の一つである。

※10.「カティンの森事件」
この事件のいきさつは、1939年にナチス・ドイツとソ連の両軍に侵攻されたポーランドが敗北。ポーランド軍人や民間人がソ連軍の捕虜になり収容所に入れられ、その後1940年にソ連国内のスモレンスク近郊のグ二ェズドヴォ村近くの森で、約4400人のポーランド軍将校捕虜・国境警備隊員・警官・一般官吏・聖職者が、ソ連の内務人民委員部(NKVD)によって銃殺された事件で、日本ではカティン事件もしくはカチン事件として知られている。

※11.「孫文」
この項に関しては<放談10月>“青天の白日”の註解を参照のこと。

※12.「満州族」
満州族もしくは満州民族は現在の中華人民共和国東北地区(吉林省、黒龍江省等)に発祥したツングース系の民族で、古くは女真族といった。17世紀に現中国及びモンゴルの全土を支配する「清」を興した。

※13.「トロツキー」
レフ・ダヴィドヴィッチ・トロツキー(Lev Davidovich Trotsky、露語スペル省略:1879〜1940)は、ソビエト連邦の革命家、政治家、思想家で赤軍の創始者の一人としてソ連邦の草創期に活躍した。その後スターリンと対立、追放され、亡命先のメキシコで暗殺された。また、文芸評論家でもあり、イプセン論等も著している。

※14.「ボルシェビキ」
ボリシェヴィキ(Bol’sheviki:多数派の意味)とも称されるこの一派は、ロシア社会民主労働党が分裂して形成されたウラジミール・レーニンが率いる左派で、暴力による革命を主張、徹底した中央集権による組織統制を特徴とし、この特徴はそのまま後身のソビエト連邦共産党へと継承された。尚、ドイツでは「ボルシェヴィズムス」は第一義的にロシア社会民主主義の多数派を示し、帝政プロシアから第三帝国時代には過激派という意味で用いられた。

※15.「第一インターナショナル」
第一インターナショナル(First International)あるいは国際労働者協会は、1864年にロンドンで創設されたヨーロッパの労働者、社会主義者による国際組織だが、1876年に分裂により崩壊した。

※16.「ラウル・ヒルバーグ」
ラウル・ヒルバーグ(Raul Hilberg、1926〜2007)はアメリカのユダヤ系の歴史家で、その著書に『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅』がある。ホロコーストを始めとするナチス・ドイツ時代についての歴史論考察の第一人者である。

※17.「ホー・チ・ミン」
ホー・チ・ミン(Ho Chi Minh、1890〜1969)はベトナムの革命家で第二次大戦終結以前に使用していたグエン・アイ・クオック(Nguyen Ai Quoc)でも知られている。彼は植民地時代からベトナム戦争時代までベトナム革命を指導した。ベトナム労働党主席、ベトナム民主共和国初代大統領(国家主席)。

※18.「第二次国共合作」
この項に関しては<放談7月>“大統領の陰謀”の註解を参照のこと。

※19.「1927年テーゼ」
1927年テーゼまたは27年テーゼとは1927年にコミンテルンが決定した「日本問題に関するテーゼ」の通称で、山川イズムと福本イズムの双方を批判して日本の資本主義、革命について具体的分析を行い革命の性格を規定した。日本共産党は27年テーゼを受け入れることにより福本イズムに支えられていたオリジナリティを放棄することになった。

※20.「NKVD(エヌ・カー・ヴェー・デー)」
NKVD(Narodnyi Komissariat Vnutrennikh Del、)とは内務人民委員部と訳され、ソビエト連邦のスターリン政権下で政治警察、刑事警察、国境警察、諜報機関を統括する国家機関である。後のKGB(カー・ゲー・ヴェー)の母体であり、主に半革命分子の逮捕、尋問、処刑を行っていた機関である。

※21.「近衛文麿」
近衛文麿(このえふみまろ、1891〜1945)は政治家であり、第五代貴族院議長、第34、38、39代内閣総理大臣を務めた。爵位は侯爵、かつ五摂家(鎌倉時代に成立した藤原氏で公家の家格の頂点に立った5家のこと)筆頭である近衛家の当主で後陽成天皇の12世孫にあたる。

※22.「風見 章」
風見章(かざみあきら、1886〜1961)は昭和初期の政治家、立憲民政党、国民同盟、日本社会党所属の衆議院議員で当選9回。第一次近衛内閣書記官長、第二次近衛内閣司法大臣。茨城県水海道町(現:常総市)出身、水海道市名誉市民。

※23.「周恩来」
周恩来(しゅうおんらい、Zhou Enlai、1898〜1976)は中華人民共和国の政治家で、建国から死去するまで中華人民共和国の政務院総理として在職し、毛沢東の信任を繋ぎとめ文化大革命中も失脚しなかったことで不倒翁(起き上がり子法師)の異名を得ている。日本では一般的に1972年、田中角栄首相と日中共同声明に調印したことで知られている。

※24.「吉田 茂」
吉田 茂(よしだしげる、1878〜1967)は、外交官、政治家、第45、48、49、50、51代内閣総理大臣で、その在任期間は延べ約9年間。外務大臣、衆議院議員、貴族院議員。従一位・大勲位。皇學館大学総長、二松學舎大学舎長。明晰な頭脳と強いリーダーシップで戦後混乱期の日本を盛り立て、戦後の復興に貢献した。ふくよかな風貌と葉巻を愛したことから“和製チャーチル”と呼ばれていた。尚、現総理の麻生太郎は孫にあたる。

※25.「ローザ・ルクセンブルク、カール・リープクネヒト」
ローザ・ルクセンブルク(Rosa Luksemburg、1871〜1919)はポーランド生まれで、ドイツで活動したマルクス主義の政治理論家、哲学者、革命家
カール・リープクネヒト(Karl liebknecht、1871〜1919)はドイツの政治家で共産主義者。ドイツ社会民主党創始者のウィルヘルム・リープクネヒトの子息である。
この二人は盟友で同じような状況(詳細省略)で虐殺されており、その死後多くのマルクス主義者や社会主義者の間では革命の象徴的存在とされている。尚、この二人は奇しくも生没年が同じである。

※26.「べノナ文書」
この項に関しては<放談7月>“大統領の陰謀”の註解を参照のこと。

※27.「ルカーチ」
この項に関しては<放談10月>“青天の白日”の註解を参照のこと。

※28.「マックス・ウェーバー」
マックス・ウェーバー(Max Weber、1864〜1920)はドイツの社会学者・経済学者で、正式名はカール・エミール・マクシミリアン・ウェーバー(Karl Emil Maximilian Weber)。同じ社会学者・経済学者のアルフレッド・ウェーバーの兄である。
彼は社会学の黎明期の主要人物としてのエミール・デュルケーム、ゲオルグ・ジンメル、カール・マルクス等と比較されることが多い。

※29.「福本和夫」
福本和夫(ふくもとかずお、1894〜1983)は1920年代に登壇した第二次日本共産党再建の立役者で、マルクス主義の通俗的理解に異を唱え、マルクス・エンゲルスの著作(原典)に基ずく理論闘争を挑み、その理論は『分離結合論』に象徴されるが、その理論的精度の高さが当時の意識の高い左派学生らに熱狂的に支持され、当時の左翼論壇を一世風靡することとなった(いわゆる福本イズム)。この福本イズムの下に日本共産党が再建されたが、先述の1927年テーゼにより福本イズムは急速に影響力を失い、日本左翼運動史上から封印されることになった。

※30.「都留重人」
都留重人(つるしげと、1912〜2006)は東京都出身の経済学者で一ツ橋大学名誉教授。公害の政治経済学を唱え、雑誌『公害研究』(現:『環境と公害』)を創刊。日本人としては2人目のハーバード大学名誉学位、1990年日本学士院会員、日本人初の国際経済学連合会長。

※31.「ルソー」
ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau、1712〜1778)は、フランスの哲学者で政治思想家、教育思想家、作家である。その著作は単なる純理論に止まらない多感さを反映し広く読まれ、フランス革命や以降の社会思想に多くの精神的影響を及ぼした。

※32.「ヘルベルト・マルクーゼ」
この項に関しては<放談10月>“青天の白日”の註解を参照のこと。

※33.「アントニオ・グラムシ」
アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci、1891〜1937)は、イタリアのマルクス主義思想家、イタリア共産党創設者の一人。彼は大戦間期のイタリアでムッソリーニ政権下で投獄されたが、獄中で執筆した「ノート」で展開した様々な思想概念は、各国の歴史研究者、国際関係学者や(グローバル)政治経済学者等の論者に大きな影響を与えている。

※34.「ゲオルグ・イェリネック」
ゲオルグ・イェリネック(Georg Jelinek、1851〜1911)は、19世紀ドイツを代表する公法学者。彼のその立場は法実証主義に連なるものとされているが、法の存在条件を社会的事実に求める英米的法実証主義とは異なる大陸系法実証主義に分類されている。尚、著名な行政法学者のワルター・イェリネックは彼の子息である。

※35.「ドレフュス事件」
ドレフュス事件(Affaire Dreyfus)とは、1894年にフランスで起きたスパイ事件で、当時フランス陸軍参謀本部勤務のユダヤ人であったアルフレッド・ドレフュス大尉に対する冤(えん)罪事件のことである。

●本文及び註解に表記しました人物名に関しましては全て敬称を略してあります。ご了承下さい。
 
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08.10.3008.9.1708.8.2508.7.1608.6.1608.5.1608.4.1608.3.1608.2.1608.1.1607.12.1605.4.16
05.3.1605.2.1605.1.1604.12.1604.11.1604.10.1604.9.1604.8.1604.7.1604.6.1604.5.16